ロスト&ファウンド


 おそらくすべての人が、無意識のうちにも失われた場所を求めている。それは幼い頃や十代の頃、あるいはもっと古い生まれる前の種や民族の記憶であるかもしれない。そうした取り戻せない遠い記憶を現在の自らと照らし合わせて見た時に生じる落差。それによって現在が理想の場所ではないことを人は知り、記憶の中にある失われたものに憧憬を覚える。極端に言ってしまうなら、そうでなければいまここに生きている人であるとは言えない。何故なら、生きているということは常に途上にあるということであり、たどりついていないということであるからだ。その途上の感覚が人を懊悩させ、絶望させ、また希望とともに前に進ませる。そうして迷いながら生きていく先に、記憶の中の失われた場所や人や物によく似たものに遭遇することがあるかもしれない。そうした遭遇を総称して人は幸福と呼ぶのだが、そのようにして失われたものに巡りあう確率は残念ながら低い。だが、それでも人は変らずに、記憶からの要請に従って失われたものを求めつづけるのだ。いっぽう、失われたものはばらばらの断片となって風に吹かれて、何気ない顔をして人のそばを通り過ぎていく。人もまたそれに気づかずに、通り過ぎていってしまう。ロスト&ファウンド。失っては見つけていく人の営みは人生よりも長い。今日もどこかの街角で失われたままのものたちが、見つけてもらうために、静かに息を潜めて佇んでいる。



「湘の会通信」No.4所収


(二〇一一年十月)



 戻る   表紙