詩が沈黙する時


 自分にとって詩とは何なのかということを考える時、必ずと言っていいほど詩と詩ではないものとの二項対立の図式を思い浮かべてしまう。これは思考のパターンとしてある種の悪癖であるのかもしれないし、安易な思考法であるのかもしれない。しかし、詩を書き始めたのは偶然でただ何となくであるかもしれないが、長年に渡って詩を書きつづけているうちに、詩が自らの内側にしっかりと根を下ろしてしまっていることは事実だ。詩と自分は、もはや切り離しえない関係になってしまっているのだ。詩が自分であり、自分が詩であるような状態であり、詩を書き始めてからの四半世紀以上に及ぶ長い時間は、自らの人格のほとんどすべてを詩の中に投げこんでしまうに至った。換言するなら、詩と詩ではないものとの関係とは、私という個人と社会との関係でもあったのだ。私がそのように考えてしまうのは、前提として私個人の世界や社会または世間といった不特定多数の人や物を包含する場への異和の感覚があるからこそであり、世界とは違う歌をうたってこざるをえなかった私の局外者意識が元になっているのだ。
 そのような感覚をずっと消えずに持ちつづけてきた私のような書き手からすると、詩は世界と同調するものではありえない。前にどこかで「自分は世間から見て恥ずかしく思うようなものを書いているつもりはないし、だいいち自分は詩が好きなのだから、好きなことをやっているのにどうしてそれを恥ずかしく思う必要があるのか」と書いた記憶があるが、いまでもその気持ちは変らないものの、世間や社会から見て詩を書くことが賞揚されていない、ある種の恥ずかしい行為として認識されているらしいことは充分わかっていた。しかしながら、だからこそ詩を書くのであり、そうした世間や社会のグローバリズム的な趨勢へのカウンターとして詩を考えてきたようなところがある。詩をそうした大きなものに対抗するための武装のごとく考えていたのだ。
 詩は詩という言語である。日本語で書かれた詩であるとか、英語で書かれた詩であるとか、あるいはその他のどんな言語で書かれていようと、詩はそれらの言語で書かれたものである以前に「詩という言語」なのだ。このことは、詩は伝達の手段ではないということを意味する。また、詩がもっと一般に読まれることを企図して、わかりやすい詩を求める態度がいかに本末転倒であるかを示してもいる。なぜ詩は詩という言語なのか。詩が言語で書かれていながら、なぜ言語の本来の機能である伝達を主眼としていないのか。それは詩という表現形式が言葉の持つ可能性を極限まで押し進めるのに最適な形式であり、その必然的な帰結として日常から遊離せざるをえない特質を持っているからだ。古来、詩は神への祈祷であった。また、子供たちの言葉遊びでもあったし、伝説や物語を脚色して表現するために利用されたものでもあった。それらは古い時代においては日常生活と接する(重なり合う、ではない)ものであったが、時代が下るにつれて社会構造の変化等が原因となって詩の言葉が日常から隔離されるようになってしまった。そこから詩と詩ではないものとの対立の図式が始まったのであり、現代のように社会構造が複雑になり人々の生活の速度が増していきこそすれ減じることはない社会では、その対立構造はますます強固なものとなってしまっている。社会や世界といったものが詩を阻外してきた歴史がここにあり、もういまさら引き返すことは出来ないところまで来ているのだ。
 たとえば現代詩の難解論が繰り返し語られるが、それらの意見の多くは詩の本質が何なのかということを大して考えもせずに、詩が日常会話や散文と同じように言葉で書かれているということだけを頼りに、詩をそれらと同じ伝達手段と見做す愚を犯してしまっている。詩のことを語るのであればその本質がどこにあるのかを突きつめて考えてほしいと思うし、ただの信仰告白のごときもので安易に決めつけてほしくないと思うのだが、実は平易であるか難解であるかというのは、結局単なる意匠に過ぎない。はじめから平易であることを、または難解であることを目指すのは、詩の本質やそのたどってきた道のりを無視した行為である。平易であること、または難解であることが目的化してしまってはいけないのだ。だから仕方がない。詩の書き手は、社会の片隅で現状に甘んじているべきだと言うのではない。詩の本質とその歴史を見据えた上で、詩を考えることが肝要であると言っているのだ。
 私たちの生はその多くを詩ではないものに負っている。北川透の言葉を借りれば、「反詩」であるが、私たちは詩を書きながら、詩に憑かれながらも、世界中に溢れるそれらの詩ではない「反詩」的なものに多くを負わざるをえない。それが現実である。人が一生を過ごす膨大な時間の多くで、詩は沈黙している。沈黙して、詩があるということを人に忘れさせてしまっている。本来、詩は世界に遍在しているのではないかという多少夢想じみた考えを私は支持するが、いかに世界が詩で満たされていようと、人はそれに気づくことはほとんどない。仕事帰りの人々が夕焼けが広がり多くの星が瞬く空を見上げようとしないように、自然がどんなに美しい姿を見せようとそれに気づかない人が多いのと同じく、詩はそこにありながら気づかれていない。詩の沈黙とは気づかれていないからこその沈黙であり、それに気づかない人々が自らの中で詩を沈黙させているのだと言い換えることも出来るかもしれない。しかしながら、詩に親しんでいない者が詩を沈黙させ「反詩」の片棒を担いでいる(本人は意識していなくても)ことは事実であり、そういう人たちに詩を押しつけても無益であるだろうことも、おそらく事実だ。ここでまたぞろわかりやすい詩を提示すれば事態は好転するだろうというお目出度い考えがわき上がってくるかもしれないが、先にも書いたように、わかりやすさのみを詩に求めそれが目的化してしまうのは間違っている。それでは詩とは似て非なるものとなってしまうだろう()。では、どうすればいいのか?
 おそらく私の中には、最初に書いたような世界や社会に対する異和の感覚を元にしたルサンチマンがずっと息づいている。社会の中での局外者であるという内的実感をひりひりと身の内に感じつづけてきた自分が詩に向かっていったのは、詩の中に自分自身と重なり合うような性質を直観的に感じたからであろう。詩は常に異和から始まり、人が最初に詩に向かうきっかけも異和の感覚からであると、ずっと思ってきた。その考えを変えるつもりはないが、私がこのように考えるのは、私が常に周囲の社会や世界に異和を感じて局外者意識に悩まされ、それを詩を書くという行為に重ね合わせて見ているからなのだろう。だが、どうも周りの書き手たちを見ていると、私と同じように異和の感覚を根城にして書いている人ばかりではないようなのだ。彼等は普通に社会生活を楽しむのと同じような感覚で、詩を楽しんでしまっているように見える。そこに私はある種の停滞を感じて苛立ちを覚えるのだが、それはともかく、社会や世界から疎外されて詩に逃げこんできた私は、その詩の中でも疎外感を味わっているようなのだ。
 私はまたしても「宿命の詩人」(ヴェルレーヌふうに言えば「呪われた詩人」であろうか)のポーズに逃げこもうとしているが、それほど詩ではないものは執拗であり、私たち詩の書き手もまたそうした詩ではないものの中で生きているのだ。このことを忘れてはならない。問題は、詩と詩ではないものとをどうやって摺り合せてゆくかであって、その狭間を考えることがひとりひとりの孤独な書き手に求められている。そうした中で、詩は現実を一瞬だけであっても変えるものになれるかもしれない。この少々ロマンティストじみた考えが古臭く見えながらもいまなお息づいているのは、社会が詩を疎外してきたという歴史が現実にあるからであり、それはいかに民衆の歌をうたおうが、また言語実験に没頭しようが、変りなく詩を覆ってきたのだ。世界と同調するのではなく、世界を裏側から逆照射して真実を炙り出すような機能を、私は詩に求める。それは最初に書いたように、詩と詩ではないものの関係がそのまま私と周囲の社会や世界の関係へとスライドしているからこそ私の中で求められてきたのであり、詩を書くことはすなわち、私という個人が世界と渡り合うための不器用な方法であったのだ。詩が沈黙する時、それは私にとってつらい時であるだろうが、また時が満ちれば私の中で詩が溢れ出すのだ。だから、私は詩が沈黙するのを、世界が詩ではないもので満たされるのを恐れない。人や社会が詩を沈黙に追いこんでも、詩はそこにある。同じように私もまたここにある。そのようにして、私は生きるのだ。



(註)注意しておくが、わかりやすい詩が良くないと言っているのではない。最初からわかりやすさを求めるのが良くないのだ。平易か難解かというのは結果であって、目指すべきものではない。また、自分自身の心の中を検分して思うのだが、私がわかりやすい詩を求めようとする動きを忌避するのは、おそらく自らの局外者意識と照らし合わせて詩に向かっているという気持ちから、わかりやすい詩を提示したぐらいのことで詩と社会が仲良くなってたまるかという思いがあるのではないかということを、ここで正直に告白しておこうと思う。


(二〇〇九年十二月)



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