死の冷たさについての素描


 人は生きている。日々生きていて、未来に向かってそれまでと同じように生きていくために生きている。つまり、明日の生をより確かなものにするために生きている。だから、厳密に言えば、人は生きている限り死のことを考えることは出来ない。生きているということは生を体験しているということであり、生きながらにして死を体験することは不可能だ。だから僕がこれから書くことは、あくまでも生の側から見て死を想像することでしかないし、荒っぽい素描でしかない。そのことを自分自身に確認させた上で、書き進めてみたい。
 五年前に妹が死んだ。これまでにそのことをテーマにして詩や散文をいくつも書いてきたし、そのいっぽうでごく私的な出来事でもあるので詳しいことは省くが、僕がいまさらながらに思い出すのは、妹の遺体に触れた時の冷たい感触だ。遺体を棺に収める前に、死装束の最後の仕上げとして手甲や脚絆を遺族みんなでつけてやった時のことだ。その時、妹のもう動くことのない手足に触れて、そのあまりの冷たさと硬さに驚いた。いわゆる死後硬直というやつだろう。言葉では知っていて、何となくそんなものかなと思ってはいたのだが、実際に死んだ人間の遺体に触れてみると実感できる。これが死の冷たさなのだと。それまでに家族や親類で亡くなった者は母方の祖父母だけで(父方の祖父母は、僕が生まれる前に亡くなっている)、離れて住んでいたということもあってそのような機会に接することはなかった。だから、死というものに対して、徹底的に観念的で曖昧模糊とした感じしか抱くことが出来なかった。妹の死によって、はじめて身近に死を感じることが出来た。その時、僕は思ったのだ。死は恐ろしいと。
 人が生きる時、ほとんどすべて相対性の中にいる。生とは、いまここで何をしたら未来はどうなるかという確率論的な問題であって、こうすればいいという絶対的な答などはない。だからこそ人は悩むのだし、逆に言えば、人によって様々な生き方を導くことの出来る、生の多様さへとつながってもいる。生きているのは自分ひとりではなく、他の人々や自然や動物や人工物といった周囲の様々なものとの関係性の中に生はある。つまり、生は常に他のものとの相関関係の中にしかありえない。自分はひとり孤高の道を歩むなどと気取ってみたところで、その孤高という態度も結局は周囲と自分を比べた上での態度にしか過ぎない。生とは常に相対的なものなのだ。
 それに対して、死はおそらく絶対性の中にある。ここでおそらくと言ったのは、最初に書いた通り、生の中から死を想像することの難しさがあるからだ。生の側から死を無理矢理に定義しようとすると、どうもおかしなことになる。当たり前の話だが、生きている人はみな誰も死んでいない。生存している人は死んだことがないから、死について生の側から想像することしか出来ないし、それをする時も生の論理を死に当てはめて考えてしまいがちだ。そのようにして、僕が死を語る言葉も、生によってかなり歪められている可能性があるが、そのことはとりあえず措いて、死の絶対性について考えてみよう。
 死とは、言ってみれば戻れない一線を越えた状態だ。よく人生において大きな失敗をした人に対して、「生きていれば何度でもやり直せる」と言う。その言葉は生の相対性を無意識のうちにも表した言葉だ。生というのは常に可能性以前の未然の混沌の中に主体が置かれているということであり、本質的にはそこからどうとでも転がりうる状態にある。それに対して死はそのような混沌を持たない。すべてが静かで動かない一点に収束してしまう。逆説的な言い方をするならば、すべてが秩序に還元された状態なのだ。そして、その秩序の中から外に出ることも出来ない。だからこそ、何も動かないし何も出来ない。死という絶対的な領域の中に主体が完全に入りこんでしまって、そこから抜け出すことが出来ない状態なのだ。死の絶対性とは、そのような整然とした秩序の中に永遠に拘束されていることの中にある。生から死へと移行するというのは、相対から絶対へと移行することでもある。そして、いったんその境界線を越えてしまったら、絶対性の拘束の中にとらえられてしまうから、もう相対性の方に引き返すことは出来ない。そして、死の絶対性が持つ秩序の静かさは、そのまま死の冷たさへと直結している。常に周囲との関係性の中で主体が揺れ動きつづける生の相対性とは違って、死は相対すべき対象物を持たない。そうした対象物のおかげで暖められるのが生だとすれば、死は何物とも相対しないから周囲からかき回されることもなく自らの内で閉じている。だからこそ、そこには冷たさが宿りうる。おそらく僕が妹の遺体に触れて死の恐ろしさを感じたのは、こうしたエントロピーの増大による熱的死を感じ、そこから相対性の方へ引き返すことが出来ないものを感じたからではないだろうか。それは生の側にいる者が生の論理とは対極にあるまったく異質なものに触れたがための、恐怖であったと思われる。
 最近、ネット上などで、人に向かっていとも簡単に「氏ね」などと言う者がいるが(かく言う僕も、いつだったか、某巨大掲示板で「岡部淳太郎氏ね」と言われたことがある)、そういう文面を見るたびに、これを書いた人は死というものを知らないのだ、だからこそこんなことが言えるのだと思ってしまう。先ほども書いたように、妹が亡くなった時の遺体の冷たさと硬さに触れてしまった僕には、とてもそんな言葉を吐くことは出来ない。死の冷たさに触れてしまったら、他人に対して(それがその場にいない見えない他者であったとしても)簡単に死を願うようなことは出来ない。人は生きている限り相対性の中にあるが、それは混沌であると同時に、往来自由な場でもあるのだ。その自由を奪われるというのがどういうことか、生の混沌が秩序へと収束させられてしまうというのがどういうことか、このような言葉を吐く者たちはよくよく考えてみる必要があると思う。
 僕は普段の生活においては相対性の中にいる。だが、こと妹の死に関しては、絶対性の中に踏み入ってしまっている。妹の死から学んだ「死という概念」が、僕にそうさせるのだ。おそらく絶対の領域というのは(それが直接「死」を表したり志向したりというものではなくても)そう簡単に踏み入るような場所ではないし、簡単に踏み入ることを許さないようなものがその領域自体にあるのではないだろうか。死というものに代表されるそうした絶対的領域の峻厳さを、妹の死を通して垣間見ることが出来た。それは徹頭徹尾相対性の中にあるはずの生を生きる僕にとって幸福なことだったのか、それとも不幸なことなのか、それはこれから僕が生きていく中で次第にわかっていくことなのかもしれない。とりあえず僕は、生の相対性の中で周囲の雑多な人や物に振り回されながら生きて、これまでと同じように惨めに迷いつづけていくのだろう。それだけは確かなことだ。


(二〇〇九年三月)



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