非在のかたち


――続・The Poetic Stigma



 こんにちは。
 こんにちは。
 僕たちは呼びかける。呼びつづける。誰に向かってなのか、何に向かってなのか、僕たちにもわからないけれども、とりあえず僕たちは呼びかけつづける。その声は小さく、聞き取りづらいだろう。だから、その声はどこにも届かないかもしれない。それでも、僕たちは呼びかける。自らの声の頼りなさを身にしみるほどわかっていても、僕たちは当てもなく呼びかけつづける。
 こんにちは。
 こんにちは。
 僕たちは整理する。自らの頭の中を、心の中を、整理して暖めて、目の前に取り出してみようとする。何故なら、僕たち自身にも僕たちのことはわからず、それが僕たちにとっての限りない不安をつくり出しているからだ。自分のことすらよくわからない。それが人間というものであり、だからこそ僕たちは自らを知ろうとする。それが出来なければ、僕たちに生きる価値はない。それぐらいの気持ちで、僕たちは走査し、探査し、分析しようとする。僕たちが呼びかけるのは、自らの外側に対してだけではない。自らの内側に対しても、僕たちは呼びかける。呼びかける対象が自分自身だからといって、答がすぐに返ってくるとは限らない。いや、むしろ外側に対して呼びかけるよりも答は遅いぐらいだ。それは他者からのとりあえず受け流した答のようなものではなく、よく吟味した上での真剣な答えにならざるをえない。だからこそ、答は時に遅れ、そのために僕たちは道に迷う。それも生のひとつのかたちであると、達観できるほど僕たちは大人ではないし、立派でもない。他者に対して呼びかけるのが森や草原などの大きな場所で声を張り上げることだとすれば、自らの中に呼びかけるのは、暗くてその奥がどうなっているのかわからない洞窟に向かって声を上げるようなものだろう。虚空への呼びかけ。それを僕たちはみな、人知れず自分でも気づかぬうちに行なっている。
 こんにちは。
 こんにちは。
 そうして呼びかけた声が、かき消される時がある。それは、僕たちがここに確かに在るということを、証明出来ない時だ。僕たちはかたちを持たない。人々が行き交うこの場所で、自らを立脚させるためのかたちを持たない。僕たちはただの情けない人でしかなく、周囲のものがみなすべて、自分よりも高い場所にあるように感じ、そのために無力感に苛まれている。僕たちは一寸の虫であり、それゆえにより強い魂を保持しようと願うが、結局自らの外側にあるものたちとの比較で得るものは、自らがここに在ることを証し立てることが出来ないということだけだ。僕たちはここに在る者ではなく、ここに在りながら在らざる者として存在している。それは不在というよりも非在であり、ここに在らずという否定の中でしか自分を認識することが出来ないのだ。そのために、僕たちはかたちを持たない。あったはずのかたちも失ってしまう。そして、僕たちの影はますます薄くなる。遠い宇宙の深淵からやって来た者のように、僕たちは影を持たない。僕たちの影を踏もうとする者は、誰もいない。誰もが僕たちに気づかずに通り過ぎていく。誰もが情けを持たず、誰からも頼りにされず、誰からの便りも届かない。そこで僕たちは、自らの非在そのものをひとつのかたちにまで昇華させようとする。そのための言葉。そのための当てのない呼びかけ。
 こんにちは。
 こんにちは。
 これはもはや、答を期待した呼びかけではない。僕たちのそれぞれの非在が、言葉のかたちに結晶した姿なのだ。僕たちが呼びかけるのは、自分の内側だとか外側だとか、そんなものではなく、この世界のまだ見えない誰にも発見されていない場所なのだ。僕たちは呼びかけながら、自らの非在をひとつのかたちにした言葉を柔らかいものや硬いものへと変えていく。僕たちはかたちを持ちえない弱い者で、自らの傷に拘っているだけの愚鈍な者でしかないのかもしれないが、自らの不幸や恩寵に脅えているのではない。僕たちが呼びかけたぎりぎりの声は、やがて水平線を越え、地平線を越え、大気圏でさえも突きぬけるかもしれない。そしてそこで、僕たちの声は息絶えるかもしれない。あるいは出来損ないの紙飛行機のように、喉から放たれた瞬間に墜落して、庭先で朽ち果てるだけかもしれない。そんな未来のことを気にすることなく、僕たちは変らずに呼びかけ、呼びつづける。
 こんにちは。
 こんにちは。
 僕たちの声はひとつの非在のかたちとして、僕たちのそれぞれの窓際に、枕元に、下水道の汚れの中に、地中で眠る死者の聴覚を失った耳元に、在る。僕たちが自らのかたちのない姿を元にしてつくり上げた声。ひとつの非在のかたち。それを人は詩と呼ぶ。やがて、時が訪れる。僕たちの声はひとつの詩として、見知らぬあなたの元に届く。僕たちは昔からずっと当てもなく呼びかけていたが、それは実は見知らぬあなたへの呼びかけでもあったのかもしれない。あなたは詩のかたちとなった僕たちの声を拾い上げる。あるいは捨てる。または、気づかずに通り過ぎる。僕たちのかたちのないかたち、非在の存在は、世界中に散らばっている。僕たちは今日も呼びかけながら、もうひとつの声を聴く。僕たちと同じようにかたちを失った非在の声を聴く。またひとつ、世界のどこかで詩が生まれている。


(二〇〇九年二月)



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