The Poetic Stigma


po・et・ic ―― a. 詩の、詩的な、詩趣に富んだ、詩に適する、詩人の(ような)
stig・ma ―― n. (pl. 〜s, stig・ma・ta )〔古〕(奴隷や囚人に押した)焼印、汚名、恥辱、目立たせるための記号、【植】柱頭、【動】気孔、気門、【生物】眼点 ((原生動物などの感光器官))、【医】(皮膚の)小赤斑、(pl. -mata)【カトリック】聖痕
◇stig・mat・ic ―― a. 焼印のある、不名誉な、柱頭[気孔・小赤斑]の
◇stig・ma・tize ―― vt. …に烙印を押す ((as))、非難する ((as))
 stig・ma・ti・za・tion n.
(三省堂「EXCEED 英和辞典」より)

 歩いている。群衆の中を、他の人々に混じって君は歩いている。他の人々が何者なのか、君は知らない。彼等がどんな職業に就いていて、どれだけの金額を得ているのか。趣味は何か。何が好きで何が嫌いか。どんな性格、性向の持ち主か。恋愛の履歴。既婚か独身か。どこで生まれ、どうやって育ってきたのか。どんな親の元に生れたのか。その親は存命か。兄弟姉妹はいるか。どんな交友関係を持っているか。どんな心を抱えているか。眠れない夜や眠りすぎた朝はあるのか。それらのすべてを、君は知らない。ほんの一瞬すれ違うだけの、群衆の中の他人。「群衆」や「人々」といった大きな括りの中に還元されてしまう、おそらく一生知り合うこともないだろう、ただの他人。だから、君が彼等について何ら知識を持たないのは当然である。
 同じように、君は知られていない。誰にも知られていない。君が詩を書いていて、その詩がどんなに賞讃されようと、君がその詩の出来栄えに満足しようと不満だろうと、君は人々から知られることはない。君の詩は、君と詩を愛する少数の人々だけのものにとどまり、そこから外に出ることはない。外に出したいと、詩を知らない一般の「人々」の手に自らの詩を届かせようと願い努力しても、相変らず君はただの「人」でしかなく、君の詩と君の詩人としての個性は宙に浮いたままだ。
 君は何に悲しみ、何に苦しみ、何に憤り、どんな知的刺激を受けて詩を書くか。詩を書いている時の君は、普段の君からどれだけかけ離れているか。あるいは、君は詩を書いている時であろうとなかろうと、いつも同じぶれることのない人格であると断言できるかどうか。とにもかくにも、君は詩に親しみ、自らも詩を書く。君の心は詩によって満たされていく。君の心の容器は、君の書いた詩、他の詩人たちの書いた詩で満たされる。君は詩に囚われ、詩によって生かされ、いつか詩のために死を迎えてしまうかもしれない。詩とは、良薬であり慰安であると同時に、もしかしたら劇薬であるのかもしれない。だが、そんなことにかまうことなく、君は自らの詩を愛する心に従って、今日も変らず詩を読んで詩を書いている。
 詩を愛する君の心には、いつのまにか何やらわけのわからないものがこびりつき始める。それは普段の日常生活では気にするほどのものではないのだが、時にふとした拍子に、たとえば「群衆」が行き交う雑踏の中で淋しさを感じたり、失敗や失意にうちひしがれて倒れそうになったり、そんな時に君の心からゆっくりとにじみ出てくることがある。詩に囚われたがゆえに心にまとってしまった、詩を愛する「しるし」。それは詩と無縁の人々から気味悪がられ、詩人であるがゆえに君を遠ざけ、「社会」や「生活」の枠から外へ君を排除しようと働く力を彼等に発揮させる、一種の「焼印」のようなものでもある。その「焼印」によって人々は君を分類する。君が思わず知らずにじみ出させてしまった詩人としての証明を彼等は敏感に嗅ぎ取り、君を「詩人」という人種に分類しては隔離してしまう。あれは「詩人」だからかまうことはない。「詩人」に関わってはいけない。彼等は無意識のうちに、そう判断してしまう。君はそんな彼等の態度に接して、悲しみや淋しさを感じてしまう。だが、君は耐える。ひたすら耐えて、詩を愛する心をますます強固にしていく。何故なら、君は君自身の「詩を愛する」という気持ちを偽ることができないからだ。だからこそ、時に「人々」の意向に抗してまで、詩を書き、詩を読み、詩を愛する。そして、ついには君自身が「詩」そのものにまでなってしまう、そんな破滅のような愉悦のような未来を、君は夢見てしまう。
 ふたたび、君は歩いている。群衆の中を、他の人々に混じって君は歩いている。他の人々の背中は冷たく、彼等の会話は遠く耳鳴りの中で聴こえる。そしてまた君は悲しむ。詩であり、詩でしかありえないことのために、君は悲しみ苦しむ。そして、自らの心にこびりついた詩人の「しるし」、詩人の「焼印」がまたしても疼き出す。それはまるで古傷が痛むようなかすかな感じではあるのだが、君はたしかにそれを意識する。そして、詩でしかありえない自分を針のように感じる。君の心にこびりつき、その内部にまで根を下ろしているもの。それは詩を愛しすぎ、詩を信じすぎたがゆえの「聖痕」であるのかもしれない。そして、その「聖痕」を通して君は呼吸している。「聖痕」が、詩を愛する「しるし」が、君を生かしている。それによって、君は生きているのだ。君は群衆の中で立ち止まり、胸を押さえてうつむく。誰もそんな君に注意を払わない。誰もがみな自分のことでせいいっぱいで、この世に詩があろうとなかろうと無関心だ。やがて交差点の信号が変り、群衆は流れるように歩き出す。君もその流れの中に混じって歩き出す。群衆の、他の人々の背中を見つめながら、君は誰にも聴こえない声でつぶやく。またしても訪れたひとりごと。やがて「詩」になるかもしれない言葉を、君は胸の中で繰り返す。


(二〇〇七年七月)



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