新川和江 ――<永遠>を志向する大きさ


 何故だかわからないが、女性詩人の詩を取り上げて論じることに妙な躊躇があった。もちろん女性の書く詩が、男性の詩よりも劣っているなどと思っていたわけではない。優れた女性詩人は多く存在する。一読者として好きな詩人も多い。それにもかかわらず、何故か女性詩人について語ってこなかった。僕自身が男性であるために、遠慮みたいなものがあったのだろうか。あったとしても、その遠慮はどこから来るものだったのだろうか。今回初めて本格的に女性詩人を取り上げるに当たりいろいろ考えてみたが、どうにもわからない。とりあえず、わからないなりに筆を先に進めよう。

 新川和江が日本現代詩に残した足跡は大きい。戦後詩が最初に大きな結実を見せた一九五〇年代から二十一世紀の現在に至るまで、その長い詩歴の中でいくつもの秀作をものにしてきた。その作風も多様で、現代詩の名作のひとつとして数えられる「土へのオード 13」のような作品もあれば、年少読者を意識したと思われる一連の「幼年詩集」シリーズもある。その作風の振幅の大きさを見ていると、谷川俊太郎をちょっと思い起こしたりもする。



   ひらひら ひらひら

夏のさかりを生きのびて
金魚は夜もねむらない
ひたぶるの この水中思考

(中略)

いつの日か 水藻のかげに
白き腹見せてとはのねむりにつく時
金魚は夢見るであらう
つひにのぞむを得なかった
つめたく燃ゆる銀嶺の雪を

   ひらひら ひらひら

きらめく裾をひるがへし ひるがへし
冬の金魚の
いのちのかなしさ

(「冬の金魚」より)

 第一詩集『睡り椅子』(一九五三年・プレイアド発行所)に収められている詩である。「いのちのかなしさ」を慈しむような詩行に哀切さを感じる好篇である。詩人の詩的履歴の最初期にあたるこの詩において、既に技術的にはほぼ完成されているといっていい。金魚の鰭がゆっくりとうごめくさまを「ひらひら ひらひら」と常套的な表現で書き、さらにそれが詩の書き出しの一行であると同時に音楽的な繰り返しの効果を持ってもいる。そのことが、読者を詩の中に入りこみやすくさせている。

 だが、そうした技術的なことよりも注目すべきなのは、この詩人が第一詩集という年若い時点で生と死のあわいを見つめてしまっているということだろう。だが、それは単に「いのちのかなしさ」を慰撫するだけに留まっていないことが大きな特色だ。「ひたぶるの この水中思考」の中で「金魚」が「夢見るであらう」ことを予見している。それは「白き腹見せてとはのねむりにつく時」に訪れるはかない一瞬のものであるのかもしれないが、「つひにのぞむを得なかった/つめたく燃ゆる銀嶺の雪を」「夢見る」ことが、それこそ夢のように期待されている。ここには「金魚」に象徴された短い生(「いのちのかなしさ」)が「つめたく燃ゆる銀嶺の雪」に象徴される〈永遠〉に接続されている。

 この〈永遠〉を志向するという特質は、詩人の重要な性質の一翼を担っているものと思われる。このことに留意した上で、他の作品を見てみよう。



おとことおんなが
われなべにとじぶたしきにむすばれて
つぎのひからはやぬかみそくさく
なっていくのはいやなのです

(中略)

たましいのせかいでは
わたくしもあなたもえいえんのわらべで
そうしたおままごともゆるされてあるでしょう
しめったふとんのにおいのする
まぶたのようにおもたくひさしのたれさがる
ひとつやねのしたにすめないからといって
なにをかなしむひつようがありましょう
ごらんなさいだいりびなのように
わたくしたちがならんですわったござのうえ
そこだけあかるくくれなずんで
たえまなくさくらのはなびらがちりかかる

(「ふゆのさくら」より)

 詩人の代表作のひとつであると思われる詩集『比喩でなく』(一九六八年・地球社)に収録された詩である。この平仮名だけで書かれた詩は、一種の恋愛詩のようなふりをして読者の前に現れる。だが、引用の後半部分を読めば、この詩が単なるとおりいっぺんの恋愛詩で終っていないことは明らかだろう。「おとことおんなが/われなべにとじぶたしきにむすばれて/つぎのひからはやぬかみそくさく/なっていく」という生活感覚のある描写から始まり、そうした感覚をはっきりと否定した上で、詩人特有の感覚、〈永遠〉の感覚の方へと読者を誘導していく。「たましいのせかいでは/わたくしもあなたもえいえんのわらべで」と現実の生活から離れた場所を指定した上で、先に引用した「冬の金魚」のように夢の中に沈んでいる。最後に置かれた「たえまなくさくらのはなびらがちりかかる」という一行は、こうした〈永遠〉を際立たせるための一種の舞台装置のようなものなのだろう。それは詩を口当たりよく終らせる効果をも持っているだけに、読者によってはあまりにも出来すぎているように感じられてしまうかもしれないが、詩人の感性に忠実に従った詩作という観点から見ればどうしても外せない一行なのだろうと思う。



わたしを区切らないで
(コンマ)(ピリオド)いくつかの段落
そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください わたしは終りのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩

(「わたしを束ねないで」より。引用部分の二行目の「,」と「.」は、原典ではもっと行の真中あたりに置かれている)

 これも『比喩でなく』収録の、教科書にも採用されてあまりにも有名な一篇だが、これをフェミニズム的な解釈だけで読んでしまったらつまらないと思う。引用したのは詩の最終連であるが、ここでも「ふゆのさくら」と同じように最後の一行にすべてがかけられているような書き方が成されている。それまでの連では「わたしを(たば)ねないで」「わたしを()めないで」「わたしを()がないで」「わたしを名付けないで」と似たような言い回しの一行から始まってそこからの発想で言葉を繰り出していくという、言わばひとつの〈型〉をつくっておいて後はそのヴァリエーションを書き連ねるという書き方で通されている。だが、詩の最後に来て「川と同じに/はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩」という詩のまとめであると同時に詩人の感性の本質を言い表すような詩行が顔を出す。この最後の詩行を言いたいがために、一行目から言葉が整えられているような感じがある。だからこそ、これは単なる詩をまとめるための綺麗な詩行などではありえないのだ。



波打際に
日にいちど わたしが
腰をおろしにくる岩がある
岩はいつからここに在るのか
たぶん 海と陸地が
分たれた日から
ここに 位置づけられていたのであろう

(中略)

わたしはひととき
ここで潮風を深く吸いこみ
少しばかり書物を読む
はたはたと(ページ)がめくれ
またたく間に 千年が過ぎてゆく日もある
次の日もきてわたしは又
さかしらに書物をひらくが
わたしには 何ひとつ読みとることができない
読みとることができぬままに
やがてわたしは
いずこへか 連れ去られるのであろう
乾いた岩の上を
さらに千年が過ぎゆき
それが岩にとっての
今日であることも 悟り得ずに

(「はたはたと(ページ)がめくれ…」より)

 二十世紀も終りにさしかかった一九九九年に刊行された『はたはたと(ページ)がめくれ…』(花神社)の表題作である。ここでも詩人の〈永遠〉を志向する感性は持続されている。それどころか、老年にさしかかったゆえであろうか、その志向性は疑われることなくますます強まっているようにさえ見える。ここには母性的に解釈されたり、あるいは「わたしを束ねないで」のようにフェミニズム的に解釈されたりといったこともなく(それらが誤読だとは思わない。そういう側面もあったかもしれないが、そうした方向だけに読みが偏ってしまうのはつまらないというだけの話だ)、詩人の感性が剥き出しのままで無防備に立たされているような感じがする。書き出しの「波打際に/日にいちど わたしが/腰をおろしにくる岩がある」という場面設定は、それだけで〈永遠〉を予感させる。しかもその「岩」は「たぶん 海と陸地が/分たれた日から/ここに 位置づけられていた」のだ。「はたはたと頁(ページ)がめくれ/またたく間に 千年が過ぎてゆく日もある」という時間を超越した感覚はまさに〈永遠〉そのものである。これにつづく終盤の詩行は一種の諦念のようなものを感じさせるが、そのことに詩人は悲しんでいるわけではない。「千年」が「岩にとっての/今日である」ことの、〈永遠〉との一体感(そのことを「悟り得」ないことも含めて)の中で静かに佇んでいるだけなのだ。

 詩人のこうした感性がどこから来たものであるのか、それを詮索するのは避けたい。女性であるがゆえの〈大地母神〉的な感覚もあるかもしれないが(もっと柔らかく「母性的」と言ってもいいが、おそらくここからは一連の「幼年詩集」のシリーズが生れたのであろう)、この〈永遠〉を志向する大きさの前に立ち止まり、その〈永遠〉を味わうのが読者の務めであるだろう。そして、このような感性を持つ詩人であるからこそ、あの「土へのオード 13」『火へのオード 18』『水へのオード 16』のような一連の壮大なエレメントに関する詩群が生れたのであろう。

 この小文で最初に書いた「女性詩人の詩を取り上げて論じることへの躊躇」に関してはひと言も触れられずに終りそうだが、詩人の仕事を再読しそれを少なからず分析出来たのは幸運なことであった。もとより、すぐれた詩人に女性も男性もない。こうした現世を離れたような特質を持つ詩人は、時代が新しくなるにつれて少なくなっているような気がする。この詩人はそれだけでも貴重な存在であるし、だからこそ詩人の詩はどこまでも猥雑さが支配する現代という時代と社会の中にあって、変らずに輝きを放ちつづけているように思える。



引用作品の出展は以下の通り。
「冬の金魚」
「ふゆのさくら」
「わたしを束ねないで」
(以上『現代詩文庫64 新川和江詩集』思潮社・一九七五年)
「はたはたと(ページ)がめくれ…」
(「現代詩手帖」一九九九年十二月号「アンソロジー1999」思潮社)

 (新川和江・しんかわかずえ)

  一九二九年茨城県生まれ。

  主な詩集

 「睡り椅子」(一九五三年)

 「ローマの秋・その他」(一九六五年)

 「比喩でなく」(一九六八年)

 「つるのアケビの日記」(一九七一年)

 「土へのオード13」(一九七四年)

 「火へのオード18」(一九七七年)

 「水へのオード16」(一九八〇年)

 「はたはたと(ページ)がめくれ…」(一九九九年)



(二〇〇七年四月)


 

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