田村隆一(その詩行のかっこよさから語る)


 田村隆一は太平洋戦争後の荒廃した社会を的確な詩語で捉え、戦後詩壇を代表する存在になった。と、日本の詩の歴史ではそういうことになっているらしい。僕は言うまでもなく戦後生まれ、それも高度経済成長の真っ只中の時期に生まれているので、こうした知識は単なる後づけに過ぎない。二十一世紀の現在、田村隆一の詩を読んで感じるのは、その圧倒的なかっこよさだ。


  空から小鳥が墜ちてくる
  誰もいない所で射殺された一羽の小鳥のために
  野はある

  窓から叫びが聴えてくる
  誰もいない部屋で射殺されたひとつの叫びのために
  世界はある

  空は小鳥のためにあり 小鳥は空からしか墜ちてこない
  窓は叫びのためにあり 叫びは窓からしか聴えてこない

  どうしてそうなのかわたしには分らない
  ただどうしてそうなのかをわたしは感じる

  小鳥が墜ちてくるからには高さがあるわけだ 閉された
   ものがあるわけだ
  叫びが聴えてくるからには

  野の中に小鳥の屍骸があるように わたしの頭のなかは
   死でいっぱいだ
  わたしの頭のなかに死があるように 世界中の窓という
   窓には誰もいない


  (「幻を見る人」)


 田村隆一の第一詩集「四千の日と夜」冒頭の一篇である。個人的なことだが、中公文庫の「日本の詩歌27 現代詩集」にこの詩が収録されていて、そこで僕は田村隆一という詩人を発見した。いまその奥付を見ると「一九七六年八月一〇日初版 一九九〇年三月三〇日9版」と書いてある。僕はそれ以前にも詩を書いてはいたのだが、この時点になってようやく現代の詩に親しむようになったということだろう。

 この詩を一読して、僕はそのかっこよさにしびれた。中公文庫のこのアンソロジーにはつづけて田村隆一の「皇帝」「四千の日と夜」「天使」「雨の日の外科医のブルース」が収録されていて、どの詩も僕をうならせた。後になって当時の詩壇の状況やこれらの詩が戦後の社会との関わりの中でどう受け止められていったか、また田村隆一が所属していた詩誌「荒地」全体の受け止められ方などを知ったのだが、当時の僕にはそんなことは知るよしもなく、ただひたすらかっこいい言葉の集合体として田村の詩を享受していた。

 詩集「四千の日と夜」における言葉のかっこよさは圧倒的である。同詩集から散文詩を一篇引く。


   ドイツの腐刻画でみた或る風景が いま彼の眼前にある
  それは黄昏から夜に入ってゆく古代都市の俯瞰図のようでも
  あり あるいは深夜から未明に導かれてゆく近代の懸崖を模
  した写実画のごとくにも思われた

   この男 つまり私が語りはじめた男は 若年にして父を殺
  した その秋 母親は美しく発狂した


  (「腐刻画」)


 はっきりいって、この詩に意味があるのか僕にはわからないし、たとえ意味があったとしても、どうでもいいという感じがする。すべての意味を軽く飛び越えて、ただただこの詩はかっこいいのだ。

 それにしても、詩集のタイトルが「四千の日と夜」である。何度でも言うが、この上なくかっこいい。「四千の日と夜」というからには「四千日」ということだろうし、この日数(計算してみると約十一年間)が日本が戦争をしていた期間と緩やかに符合するということも何となくわかるのだが、そんなことはどうでもよくなってしまうぐらいにこのタイトルはかっこいいのだ(いいかげんしつこいな、俺も)。この後に出された田村隆一の詩集も、タイトルを見ただけで読みたくなるようなかっこいいものが目白押しである。「言葉のない世界」「緑の思想」「死語」「水半球」「5分前」「陽気な世紀末」「奴隷の歓び」「毒杯」「灰色のノート」等々。タイトルだけで読む気を起こさせるのも一種の才能であろうか。そういえば「腐敗性物質」というこれまたかっこいいタイトルの詩もある。


  魂は形式
  魂が形式ならば
  蒼ざめてふるえているものはなにか
  地にかがみ耳をおおい
  眼をとじてふるえているものはなにか
  われら「時」のなかにいて
  時間から遁れられない物質
  われら変質者のごとく
  都市のあらゆる窓から侵入して
  しかも窓の外にたたずむもの


  (「腐敗性物質」冒頭)


 この八十行を越える長詩はこう結ばれる。


  はげしく回転する車輪の軸
  その熱性の中心
  おお その性的遠心力によって
  ふるえるものはすべては秋のなかに
  秋の光りのなかに
  魂の色のなかに
  われら盲いたるものすべては
  落下する


  (「腐敗性物質」終連)


 一読しただけで、解釈や意味など虚しく思えるようなかっこよさである。もちろんこれは良い意味で言ってるのだが、詩人は次第にこうした有無を言わせぬかっこよさから離れてゆく。


  どんな死も中断にすぎない
  詩は「完成」の放棄だ

  神奈川県大山おおやまのふもとで
  水を飲んだら

  匂いがあって味があって
  音まできこえる

  詩は本質的に定型なのだ
  どんな人生にも頭韻と脚韻がある


  (「水」)


 詩集「緑の思想」の冒頭に置かれたこの短詩にはまだ往年のかっこよさの残り香がある。特に最後の二行には相変らずうならされる。だが、つづく詩集「新年の手紙」では、なだらかな道を這うように詩行がつづられていて、そこにはもはや「四千の日と夜」の面影はない。


  朝 西脇順三郎の詩論を読んでいたら
  床屋の椅子に坐って反芻している牛の話が出てきた


  (「不定形の猫」冒頭二行)


 実在の詩人の名前を出したりして、現実の生活がそのまま詩の中に移行している。ここには既にかっこいい言葉の出て来る場面は用意されていない。「現代詩文庫110 続・田村隆一詩集」の巻末の作品論で粟津則雄は書いている。


田村隆一は、或るインターヴューで「『四千の日と夜』のようなやり方だけでいったら、とても生命がもたないですね」と言い、また、「『四千の日と夜』のような世界だと、それはもうぼくにはあの一冊だけで十分なんです。それはある種の情熱の激しさもありますし、いっさいの日常的なものを全部拒絶していることもあるわけですが、でも、それはぼくに言わせるとやはり一種の密室ですから、これをいくら続けていっても、詩人の側としては、要するに真空状態になっちゃうわけです。だから、いくら読む人がそっちのほうがいいと言っても、そういうわけにはいかない」と言う。

  (粟津則雄「内面性と世界 ―田村隆一再論」)


 つまり、僕がしびれたあのかっこよさは「一種の密室」的なかっこよさだったのだ。この後、詩人はこうした傾向を更に推し進め、日常にユーモアと皮肉を盛り込んだ詩を多く書きついでゆくことになる。

 田村隆一は実生活では酒をこよなく愛したらしい。今年(二〇〇五年)初頭に思潮社から刊行された詩の森文庫の中の田村隆一のエッセイ集「自伝からはじまる70章」は、副題に「大切なことはすべて酒場から学んだ」とある。詩人がこの世を去ってから既に六年半もの歳月が流れているが、酒好きだったことと、残された肖像写真などから想像すると、この詩人はダンディズムのかたまりだったのではないかと思われる。そのダンディズムが、あの「四千の日と夜」の数々のかっこいい詩を生み出したのではないだろうか。

 詩をただ単にかっこよさだけで語ることは良くないことだろうか。だが、現代詩をまったく知らない人に対して、それぞれの詩人や詩の背景や歴史的意味などを説明したところで、ただ虚しいだけだろう。誰でも最初はかっこよさやかわいさ(あるいは美しさ)といった表面的な部分から入ってゆく。現代詩って、実はこんなにかっこよくて面白いものなんだということを知れば、自然と読書量も増え、知識も増えるだろう。田村隆一が残した数々の詩には、発表当時には確たる時代的意味というものが備わっていたが、時の流れとともに次第にそうした時代の刻印は薄れていき、後にはただただかっこいい詩の言葉だけが残った。それは詩にとっても詩人にとっても幸せで、読者にとっても幸せなことではないだろうか。田村隆一の詩はいまもここにあり、次なる読者を、その詩のかっこよさにしびれる新しい読者の登場をじっと待ち受けている。


 (田村隆一・たむらりゅういち 一九二三〜一九九八)

  東京生まれ。

  主な詩集

 「四千の日と夜」(一九五六)

 「言葉のない世界」(一九六二)

 「緑の思想」(一九六七)

 「新年の手紙」(一九七三)

 「死語」(一九七六)

 「水半球」(一九八〇)

 「陽気な世紀末」(一九八三)

 「奴隷の歓び」(一九八四)

 「ハミングバード」(一九九二)

 「灰色のノート」(一九九三)

 「1999」(一九九八)



(二〇〇五年二月)


 

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