大岡信


 詩人としてよりも、評論家として世に知られる大岡信は、その堅苦しいイメージに反して実に多くの素晴らしい詩を残してきた、正真正銘の大詩人である。彼の初の出版が詩集ではなく評論集であったこともあり、現代詩を真面目に読んでいる者の間でも、詩人としての大岡信の存在が忘れられがちであるが、素通りしてしまってはもったいない。

 大岡信の第一詩集は一九五六年に出版された「記憶と現在」であるが、まずその中の一篇を引こう。


   教室の窓にひらひら舞っているのは
   あれは蝶ではありません
   枯葉です


   墓標の上にとまっているのは
   あれは蝶ではありません
   枯葉です


   君と君の恋人の胸の間に飛んでいるのは
   あれは蝶ではありません
   枯葉です


   え 雪ですか
   さらさらと静かに無限に降ってくるのは
   ちがいます 天に溢れた枯葉です


   裸の地球も新しい衣装を着ますね
   あなたの眼にも葉脈がひろがりましたね
   夜ごとにぼくらは空の奥へ吹かれるんですね


   あ あなたでしたか 昨夜ぼくを撫でていたひと
   すみません 忘れてしまって
   だれもかれも手足がすんなり長くなって
   舞うように歩いていますね


   (「うたのように 2」全行)


 この詩の中でうたわれているように、ひらひらと自在に舞うよう な柔らかい詩行に幻惑されて見落としてしまいそうになるが、こ の詩の中には実に高度な技術が潜んでいる。一連目から三連目ま では各連の一行目が違うだけで後はまったく同じ。それがこの詩 にリズムをつくり出す。四連目になるとこのリズムがさりげなく 崩されるが、いわんとしていることは三連目までと同じ。「教室 の窓に〜」「墓標の上に〜」「君と君の恋人の胸の間に〜」をそ れぞれ「蝶」ではなく「枯葉」であると三連目まではいっている のだが、四連目では築き上げてきたリズムを崩す「え」という問 い返しの一文字が入り、またも「雪」を「枯葉」であるといって いる。五連目ではそれまでの流れからいったん脇にそれて別のこ とをいっているように見えるが、これも四連目まで積み上げてき た「枯葉」からの連想である。枯葉は当然秋という季節を象徴す るものであるし、秋が時を重ねれば大地が「新しい衣装を着」る 春がやってくる。「枯葉」には当然「葉脈」があるし、「眼」に 「葉脈がひろが」るということは、その人の眼は血走っている、 つまり寝不足で眼が赤いということだろう。また、この赤さが秋 の色、「枯葉」の色とも重なる。「空の奥へ吹かれる」は、舞い 落ちた「枯葉」が冷たい風に吹かれてゆくイメージだろう。そし て最後の六連目。ここでも四連目と同じように「あ」という流れ を断ち切る一文字が入る。「手足がすんなり長くなって」は葉が 落ちた枯れ木のイメージだろう。この詩全体はこのように秋の枯 葉のイメージで埋めつくされていて、それが大岡信の手にかかる と、一見技術を感じさせないような美しい抒情詩として成立して しまうのだ。

 初期の大岡信の詩には、このような美しい抒情詩がいくつもあ り、それがみな高い技術をともなって、しかも読む者にそれを感 じさせないほど実に綺麗にまとまっている。これぞ抒情詩の究極 であると、ほれこみたくもなるというものだが、大岡信はその後 次第にストレートな抒情から離れてゆく。その途中過程での代表 作といえるのが「地名論」であろう。


   水道管はうたえよ
   御茶の水は流れて
   鵠沼に溜り
   荻窪に落ち
   奥入瀬で輝け
   サッポロ
   バルパライソ
   トンブクトゥーは
   耳の中で
   雨垂れのように伸びつづけよ
   奇体にも懐かしい名前をもった
   すべての土地の精霊よ
   時間の列柱となって
   おれを包んでくれ
   おお 見知らぬ土地を限りなく
   数えあげることは
   どうして人をこのように
   音楽の房でいっぱいにするのか
   燃えあがるカーテンの上で
   煙が風に
   形をあたえるように
   名前は土地に
   波動をあたえる
   土地の名前はたぶん
   光でできている
   外国なまりがベニスといえば
   しらみの混じったベッドの上で
   暗い水が囁くだけだが
   おお ヴェネーツィア
   故郷を離れた赤毛の娘が
   叫べば みよ
   風は鳩を受胎する
   おお
   それみよ
   瀬田の唐橋
   雪駄のからかさ
   東京は
   いつも
   曇り


   (「地名論」全行)


 僕は一時期この詩を読んでほれぼれしたものだ。水に関係した 漢字を持つ地名を数え上げることから始まって、言葉遊びを含み つつ、最後にはとてつもないカタルシスが待っている。「東京は /いつも/曇り」と断言されたら、ああ、そうかもしれないと何 となく納得させられてしまう。詩の力というものだろう。

 この詩に代表される過渡期を挟んで、大岡信の詩はどんどん芸 術性を高め、一代の代表作ともいえる詩集「悲歌と祝祷」を生み 出すに至る。だが、それは一般の読者にとってはとっつきづらい、 諸刃の剣でもあった。そのことを知ってか知らずか、詩人はふた たび抒情へと帰ってくる。詩集「春 少女に」は鮮烈な恋愛詩の 集成となった。


   丘のうなじがまるで光つたやうではないか
   潅木の葉がいつせいにひるがへつたにすぎないのに


   こひびとよ きみの眼はかたつていた
   あめつちのはじめ 非有だけがあつた日のふかいへこみを


   (中略)


   火花の雨と質屋の旗のはためきのしたで
   ぼくらはつくつた いくつかの道具と夜を


   あたへることと あたへぬことのたはむれを
   とどろくことと おどろくことのたはむれを


   (中略)


   こひびとよ ぼくらはつくつた 夜の地平で
   うつことと なみうつことのたはむれを


   かむことと はにかもことのたはむれを そして
   砂に書いた壊れやすい文字を護るぼくら自身を


   男は女をしばし掩う天体として塔となり
   女は男をしばし掩う天体として塔となる


   ひとつの塔が曠野に立つて在りし日を
   回想してゐる開拓地をすぎ ぼくらは未来へころげた


   ゆゑしらぬ悲しみによつていろどられ
   海の打撃の歓びによつて伴奏されるひとときの休息


   丘のうなじがまるで光つたやうではないか
   潅木の葉がいつせいにひるがへつたにすぎないのに


   (「丘のうなじ」より)


 この時、詩人は四十代半ばであったはずだが、その年齢でどう してこのようなみずみずしい恋愛詩が書けるのだろうかと驚嘆す る。ここでもこの詩人独特の高い技術が使われているが(全体を 二行ずつの連でまとめたり、さりげなくリフレインを用いたり)、 やはり一読して印象に残るのはその言葉の柔らかい抒情性だろう。 ここでもまた、例のアクロバットのような軽業が披露されている のだ。

 最近十数年ほどの大岡信は一見老成したようにも見えるが、数 年に一冊のペースで詩集を刊行するなど、まだまだ旺盛な活動を つづけている。もっとも個人的には、最近の詩には不満を抱くと ころもなきにしもあらずである。またこのような、みずみずしい 抒情の世界に戻ってきてはくれぬものかとも思う。大岡信はやは り、鮮烈で美しい詩を書く、日本でも屈指の抒情詩人なのである から。


 (大岡信・おおおかまこと)

  一九三一年静岡県生まれ。

  主な詩集

 「記憶と現在」(一九五六)

 「わが詩と真実」(一九六二)

 「透視図法 ― 夏のための」(一九七二)

 「遊星の寝返りの下で」(一九七五)

 「悲歌と祝祷」(一九七六)

 「春 少女に」(一九七八)

 「水府 みえないまち」(一九八一)

 「草府にて」(一九八四)

 「ぬばたまの夜、天の掃除器せまつてくる」(一九八七)

 「故郷の水へのメッセージ」(一九八九)



(二〇〇四年十二月)


 

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