谷川俊太郎


 谷川俊太郎は、戦後日本の現代詩におけるトップランナーである。わかりやすい詩から実験的な作品までその作風は幅広く、作品の数も圧倒的に多い。知名度も高く、日本で最も有名な詩人であるといえるだろう。

 谷川の数多い作品の中からどれを取り上げても良いのだが、まずはこんなものはどうだろう。


   はかかった
   ばかはかかった
   たかかった


   はかかんだ
   ばかはかかんだ
   かたかった


   はがかけた
   ばかはがかけた
   がったがた


   はかなんで
   ばかはかなくなった
   なんまいだ


  (「ばか」全行 『ことばあそびうた』より)


 どうだろう。普通の人が思い描く詩というイメージからかけ離れた平仮名だけで書かれたこの詩も、谷川俊太郎の多彩な作風の中のひとつである。

 さらに、こんな詩を引いてみる。


これは今、机の上で私の眼に見えている。これを今、私 はとりあげることができる。これで今、私は紙を人の形 に切ることができる。これで今、私は髪を丸坊主に刈っ てしまうことすらできるかもしれない。もちろんこれで 人を殺す可能性を除いての話だが。

けれどこれはまた、錆びつつあるものである。鈍りつつ あるものである。古くさくなりつつあるものである。ま だ役立つけれど、やがて捨てられるだろう。チリの鉱石 から造られたのか、クルップの指が触れたのか、そんな ことをもはや知る術はないにしても、これがいつかはま たかつてそうであったように人間の フォルム から脱し て、もっと無限定な運命に帰ることは想像に難くない。 これは今、机の上で、そういう時間を語っているもので ある。(以下略)

  (「鋏」 『定義』より)


 鋏という日常的な物体に対して執拗に言葉を費やす。それを一篇の詩へと昇華させる。これが先に引いた「ばか」を書いたのと同じ詩人の手によるものだろうか。まるで童謡のような簡単なものから学術論文のような散文詩まで、谷川俊太郎の作風は実に幅広い。

 もちろんこのように両極端にふれたものだけでなく、その中間というべきか、平明でありながら叙情を感じさせる詩も谷川は多く書いている。むしろそちらの方がこの詩人の本領といえるだろう。


   あの青い空の波の音が聞こえるあたりに
   何かとんでもないおとし物を
   僕はしてきてしまったらしい


   透明な過去の駅で
   遺失物係の前に立ったら
   僕は余計に悲しくなってしまった。


  (「かなしみ」全行 『二十億光年の孤独』より)


   黙ってみないか
   ちょっとでいいから
   黙ってみないか
   新聞もラジオも君も
   (そして詩人も)


   君にはしじまが聞こえるか
   たそがれ時に恋人たちの間にひそむ
   ふと君を見たやさしい鹿の眼の中にある
   そうしていつも空がひそかにかくしている
   しじまが君に聞こえるだろうか


   そっと
   しじまをつんぼにしないほどにそっと
   君はお早ようとお休みが云えるか


  (「聞こえるか」全行 『うつむく青年』より)


 わりと短めの詩を二篇引いた。谷川俊太郎の詩の最大の特徴は、散文的な意味を手放さないというところにある。なにが書いてあるのか、先程の「鋏」のような一見難しそうに見える詩であっても、丹念に文字を追っていけば、その言わんとするところは理解出来る。詩に慣れていない、普段は雑誌記事しか読まないような人でもわかるのだ。だが、この詩人の真にすごいところは、そうした散文脈の意味性から離れずに、なおかつ詩の言葉の可能性を広げるという離れ業をやってのけているところにある。「ばか」にしても「鋏」にしても、誰もこんな詩を書こうとはしなかった。そして同時に、本流の抒情詩も書く。そこがこの詩人の普遍性の鍵となっている。詩を読む者ならば誰もが通る、谷川俊太郎の豊穣な詩の世界。手軽な一見金太郎飴のようにどこを切っても同じに見える詩群の中にも、一瞬きらっと光るものがある。現代詩を論じる他の詩人や評論家たちが見落としていた詩の中にも、読む者に何かを感じさせるものがある。他の数多の詩人たちには出来ない、読者を獲得する力を、この詩人は持っている。


 (谷川俊太郎・たにかわしゅんたろう)

  一九三一年東京生まれ。父は評論家の谷川徹三。

  主な詩集

 「二十億光年の孤独」(一九五二)

 「六十二のソネット」(一九五三)

 「旅」(一九六八)

 「ことばあそびうた」(一九七三)

 「定義」(一九七五)

 「夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった」(一九七五)

 「コカコーラ・レッスン」(一九八〇)

 「日々の地図」(一九八二)

 「日本語のカタログ」(一九八四)

 「メランコリーの川下り」(一九八八)

 「世間知ラズ」(一九九三)

 「ミニマル」(二〇〇二)



(二〇〇四年十一月)



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