視界が開ける瞬間


――望月遊馬『海の大公園』について



 電車に乗っている。短いトンネルをいくつも潜りぬけていく。トンネルをひとつ通り過ぎる度、窓の外の風景が街中から田舎へと変っていくのがわかる。そして、いくつめかのトンネルを出た時、急に視界が開ける感覚に襲われる。左手から明るい光が射しこんできて、そちらの方に目を向けると、日の光を反射して眩しくきらめく海が広がっている。あるいは、海沿いの街を歩いている。海が近いことは地図などの事前に仕入れた情報でわかるものの、街中の賑わいの中を歩いている時は、そこが海のそばの街であるという実感はない。そこで、海を見ようと思い立ち、ひたすら海の方へと歩いていく。歩を進めるにつれて潮の香りが鼻先をくすぐるようになってくるが、まだ海は見えない。さらに歩く。細い路地をぬけ、海沿いの幹線道路に出る。それまで見えなかった海が、やっと姿を現す。これもまた、視界が開けるような感覚である。

 このようにして海を見るということは、私にとって一種の愉悦である。もしも理想の海の見方などというものがあるとするならば、このようなシチュエーションこそがまさに理想だと言える。いつもそこにあるのではなく、いきなり視界が開けるように目の前に現れる。いつも自分の傍らに海があるのではなく、たどりつくようにして海と遭遇する。海を発見する。いくつものトンネルを潜りぬけた末に、街中を歩き回った末に、その暗さや辛さの代償のようにして、海が目の前に現れる。



 望月遊馬詩集『海の大公園』(poenique)は、そんな視界の開ける瞬間を読む者に提示してくれるすぐれた詩集である。表題に「海」という言葉が掲げられているように、いつもどこかで海が意識されている。冒頭の「見えぬ先に見えるもの」という表題が象徴的だ。ここではまだ海は見えない。まさしく「見えぬ先に見えるもの」である。



わたしたちの草はめぶき
北から南へ
双子のうすい糸を引き分けるさきに
なにがみえるのだろう
口のうえの火を辿り
たぐりよせた方角の先に
歩を進めども
わたしたちは
わたしたちの部屋にひらかれる
年月の哀愁のうごきを
目撃するだけだ

(「見えぬ先に見えるもの」部分)

 ここでは「見えぬ先に見えるもの」が一種の期待として待たれている。だが、それはまだ諦念のような淋しげな感情の動きによって妨げられている。「なにがみえるのだろう」とおぼろな期待を持ちながらも、「わたしたちの部屋にひらかれる/年月の哀愁のうごきを/目撃するだけ」なのだ。だからこそ、最終連でうたわれているように、まだ見えぬものがその姿を現す時に備えて、「みえぬ先からたぐりよせた/そのものが位置を消すまえに/わたしたちは/しずかに踏み分けられ」なければならないのだ。



 この詩集に収められた詩の中で私のもっとも好きな一篇は「回帰」と題された散文詩である。この詩は「内部がみえないのは、輝きすぎているから」といういきなり核心を突くような一行で始まる。それにつづいて、「展示室をぬけ」た後で「広場」をぬけて「帰途につく」様子が語られる。



展示室をぬけると、広場だった。そのあた
りを散策したあと、いつもの道を通って、
帰途につく。古びた通りをあるいていると
はらはらと落ち葉がおちてくる。それは際
限なくいつまでも落ちてくるのであった。
手と手のすきまをぬうように、落ち葉がす
りぬける。そして、やはりはかなく落ちて
は視界から消える。虫にくわれた穴あきの
ものも中にはある。それらの区別などなく
やはり、ひらひらと落ちてくるのであった。

(「回帰」部分)

 何か寄る辺ない淋しげな感情が、ここでは語られている。その後、いきなり「海をとつぜん想いおこす」という転換点となるような言葉がやって来る。だが、その描写は「海」そのものではなく、「磯から匂う特有の潮」であり、「皮膚と皮膚にくいこんでくる」「ふじつぼの突起」であり、「波をうけて光っている」「いつから生えているのかわからぬ松」である。「海」そのものではなく、「海」に隣接するものたちへの執拗な描写。その後に置かれた「白い円形の物質」の描写はどこか観念的でわかりづらいが、語り手が寄る辺ない淋しげな感情を持っているからこそ、「海」そのものについて語ることは出来ず、せいぜい「海」の周辺のものたちを語ることしか出来ないのかもしれないし、だからこそ観念的な言い方にならざるをえないのかもしれない。「白い円形の物質」がいったい何なのか、これはもしかしたら物理的なものではなく、徹頭徹尾観念的な、語り手の「寄る辺ない感情」だけが見ることが出来る精神的なものであるのかもしれない。あるいは表題となっている「回帰」の「回」の字の形にひっかけたものだという、多少アクロバティックな解釈も可能であるかもしれない。



  円形からはなれた白さだけが、ひとり
あるきをはじめて、なおもくりかえし、こ
こちを確かめるかのごとく、回帰をくりか
えしている。ひとたび、円形が閉じると、
楕円のてざわりが、うすく流れて、その前
ぶれをながされてゆくままに、かたく変異
してゆき、そのまま、白さがのこってゆく。

(「回帰」部分)

 恐らくここには、作者の若さゆえの未来への不安と希望が投影されているのだろう。「前ぶれ」という言葉が巧みに挿入されているところからもそう感じるが、深読みのしすぎであろうか。「円形からはなれた白さだけが、ひとりあるきをはじめ」やがて「そのまま、白さがのこってゆく」というのはちょっと感動的な場面だ。この「円形からはなれた白さ」とは、語り手の中に残っている純粋さのようなものの象徴であるのかもしれない。

 その後、先ほど引いた「海をとつぜん想いおこす」と対比させるかのように、「血の池を、針の山を、なつかしいと思う」とある。これはそのまま人生の「地獄」の描写であろうが、それすらも「高速でかなたに消え」てしまい、「とり残されたわたしは、やはりなつかしい」と思うのだ。普通であれば「地獄」のような過酷なものは「なつかしい」と感じるものではないだろうが、ここでの語り手はひたすらに「寄る辺ない感情」を抱えてしまっている。だから、そのような過酷なものにさえもノスタルジアを感じてしまう。

 そして、詩の終りではこう語られている。「ここから歩けば、いつかは/そこに着くのだとわかる。わかるから、い/つまでも、くりかえしている。光がみえて/くると、わたしがくりかえされている」。ここにあるのは「寄る辺ない感情」を抱えながらも決して変えることの出来ない「自分」への確認であり、それゆえの「わたしがくりかえされ」ることへの決意ではないのだろうか。



 詩集の表題作「海の大公園」は「さみしいみちに/あえて転ぶ\(umiの街だ)」という書き出しで始まる。その少し後に「そういう\さみしさだけ、綺麗に/古びているのかな」とあるように、ここでも語り手は「寄る辺ない感情」を抱えてしまっている。また、この後の散文パートで「徐々に海が見える/ことだろう。はたしてそれは、どんな海な/のだろう」とあるように、「海」を見ることへの期待も語られている。だが、この詩で語り手は「公演の浮浪者」を媒介とするかのように、「寄る辺ない感情」に負けてしまっている。



朝日につつまれて、
\私
転ぶ、
美しい最後を木の枝、三本目

きつくきつく結ばれた、
ひもによる首吊りで
(美しい朝日と、太平洋
を背後に感じつつ)
終わってしまっても・・・

(浮浪者)の後ろ背に
\隠れるように、
ひもは、(はらり)落ちて、
私\
最後に
美しく転んで
終わる

(「海の大公園」部分)

 こうして見ていくと、本来意図して連作のような形で書かれたものではないにもかかわらず(詩集というものの多くはそうだ)、ひとつひとつの詩が互いに関連性を持って響き合っているような印象を受ける。これらの詩を書く原動力となっているのは「寄る辺ない感情」であり、キイワードとなるのは「海」である。また、ここまでは引用していないが、詩集のそこかしこに「白浜」「団地」などといった同一の単語が頻出するのにも注目したい。恐らくこれらの単語は作者の実体験と密接にかかわっているものなのであろうが、単なる個人的な思い出から語られているのではなく、ひとつの「詩の中の言葉」として自立しているのがいい。



 この小文の最初に私は本詩集について「視界の開ける瞬間を読む者に提示してくれる」詩集であると書いた。詩集を巻頭から順に読んでいくと、中盤あたりまではまだ語り手の視界は開けていない。「汽船とやぐらはもういらない」と語られる「汽船とやぐら」や「皮膚の海がすきですから」と執拗に繰り返される「むしろ煌いた皮膚に」あたりから次第に感触が変ってくるような気がする。それは語り手が「見えぬ先に見えるもの」に少しずつ近づいていく過程のようにも読める。そして、この詩集の中でももっとも自伝的要素が強く散文性が強いと思われる長詩「あらゆる解体から」をひとつの大きな峠のようにして、最後に置かれた傑作「オウバ蝶」にたどりつく。



空から美しい生き物達が、次々と降りそそいでくるから、私は顔をあちら側に見せている。すべての生き物が、空からあらかた落ちてしまうと、空は必ず地響きを立ててゆるやかな、かく乱を始める。昨日からオウバ蝶は、私の世界に遊びに来て砂糖を口から吐き続けているから、甘い砂糖に埋もれた私の四肢はべたべたになってしまったのだ。こうして目線をすこしずつ、あの青すぎる空から下にさげてゆくと、白い塔の傾きかけた廃墟が見えてくる。白い塔の中には、賭け事に負けた男達が葉巻を吸って、そのたびにメーターの針が振り切れてしまう、私の目の前に広がるくねくねした街道を進んでゆけば、かならずあそこに到達することが出来るだろう。私の世界と、あちらの世界の明らかな境界線は、オウバ蝶の吐き出した、甘い砂糖によってきちんと引かれている。私の頭上にかすれた水がたくさん浮遊して、雲と雲に溶け込むように、トンボが一匹泡を吐いた。地震かと思って、思わず身構えた左手の狭間には、枯れかけた子供たちがいて、私のようやく動き始めた眼球がそれに答える。それでもたりなかったから、屋上まで上がって、両手でそれに答えた。右手はすこしネジが外れかけているから、固定されたままだけれど野菜を片手に一生懸命手を振った。空は赤かった。遠くのほうの気球からあぶくの音がして、私の想いが通じたことを知ったけれども、まだ振る手は止まらない。オウバ蝶がたくさんあの空を飛んでいる。気球の先のまだ先に見える、そこから駆け抜けてゆく風に揺れたのは何であったのか。海の音がする。波の狭間の貝殻に耳をあてた感触が腹の底から浮いてきて、海はどこにあるのかと、ひがしを見た、みなみも見た、どこでも見た。なんもかも見た。そうして、海がないことを知ったとき、私が気付いた波の音がどこからしたのだろうかと、それはもうどうでも良いことなのかもしれない、オウバ蝶の吐き続けた砂糖をみつけるために、この街道をあの白い塔まで行こうと思う。まだ、枕の下から覗く空にとらわれながらも。そうして、境界を取り払った時には、私と、私以外との境界が完全に失われ、そうなった私には永遠に波の音が聞こえ続けることだろう、オウバ蝶に闇を与える。

(「オウバ蝶」全行)

 詩集の中でももっとも短くまた部分引用が困難なため全行を引用したが、ここで語られていることはまさしく「視界が開ける瞬間」そのものである。「海の音がする。波の狭間の貝殻に耳をあてた感触が腹の底から浮いてきて、海はどこにあるのかと、ひがしを見た、みなみも見た、どこでも見た。なんもかも見た。そうして、海がないことを知った」と語られている。あれほど詩集全体を通してまだ見ていない「海」について言及していたのにかかわらず、「海がない」のだと言う。詩の終り近くでは「そうして、境界を取り払った時には、私と、私以外との境界が完全に失われ、そうなった私には永遠に波の音が聞こえ続けることだろう」と語られている。これはある種の思考の転換であり、そのことによって視界が開けることでもあるだろう。言わば「海がないことを知った」ために、逆説的に本当の「海」に出会うことが出来たのだ。

 こうしてこの詩集は「海」を巡る旅を終える。本当の「海」に出会った後でしなければならないことは、その「海」の只中へと乗り出していく航海だ。本詩集刊行時点で十九歳とまだ若い作者の航海に、幸多からんことを願いたい。



望月遊馬『海の大公園』(二〇〇六年八月poenique刊)


(二〇〇六年九〜十月)



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