静かになってゆく日々


――難波保明『日々の稜線』について



 詩歴の長い詩人の詩はどこか静かだ。若い頃は「現代詩」のきらびやかさに魅かれて自分もそのような言語の彼岸のような詩を書きたくなるが、年を経て詩を書く時間が長くなるにしたがってそのような意匠は削ぎ落とされ、無駄なものがなくなってもっと本質的な抒情を求めるようになる。そこにはおそらく日本人特有のわびさびのような感覚もあるのだろうが、ベテランになればなるほど括弧つきの「現代詩」に虚しさを感じて、詩がスマートに、静かになってゆく傾向があるように思う。
 筆者が個人的に親しくさせていただいている難波保明氏もその一人だ(批評文を書く時、詩人の名前は基本的に呼び捨てにするのだが、今回に限ってはあえて敬称をつけさせていただく)。彼のおよそ九年ぶりとなる新詩集『日々の稜線』(草原社)は長い詩作と人生を歩んできた詩人ならではの滋味があふれている、いっけん地味ではあるが味わい深い詩集だ、


砂浜に寝転んでいたとき浮かんできた
詩の一行がどうしても思い出せない

暖かな南風は睫をかすめ防砂林に吹き抜け
湾岸道路をU字型の曲線を描きながら
オレンジ色の外灯が等間隔で明滅している

ゆっくりと暮れる西日に当たり
港へ向かう一艘の舟の薄墨色のシルエット
沖に停泊している貨客船の甲板から洩れる幽かな声の気配

(中略)

いま空と海を包み込むように全ての生命のリズムが
やさしく響き合いながら融合してついに球形のうねりとなり
無窮の掟をおもむろに語りはじめる

……人はどのように自然界と共存すべきなのだろう

もはや記憶の澪に沈んだ
詩の一行を思い出すことはない

(「渚にて」から)

 この詩にあるのは静かな時間だ。だが、それはあくまでも目に見え耳に聞こえる限りのものであって、その奥では豊かな時間が激しく流れている。「暖かな南風」も「オレンジ色の外灯」も「港へ向かう一艘の舟」も「沖に停泊している貨客船の甲板から洩れる幽かな声」もみなただの風景のようで静かではあるが、そこには語り手の心情を投影したものがあり、語り手の生の中の様々な場面が象徴されている。それらはいまここで見ているものでありながら、そうした事物の中に語り手が自らの生の出来事を投影しているのであって、だからこそ表面上は静かでありながらその奥に激しいものが内在しているのだ。
 しかしながら、ここまでは言わば当たり前の話だ。目の前の事物に自らの思いや生の様々な場面を投影するというのはよくありがちな手法であり、それだけではつまらない。この詩で重要なのは「詩の一行」という言葉だ。「砂浜に寝転んでいたとき浮かんできた」「どうしても思い出せない」「詩の一行」は以降につづく様々な場面と比肩しうるほどの重量を持っている。それは「記憶の澪に沈ん」でもう「思い出すことはない」のだが、それは長い年月をかけて掴みかけながらもするりと手の中から滑り落ちた人生の果実のようでもある。それを逃したことの淋しさや虚しさのような感情がもうひとつの救いとして見出したのが、「無窮の掟」によって守られた「自然界と共存」することであったとも読める。だがそれでもやはりこの「詩の一行」を逃したことの喪失感は残る。そこに生のどうしようもなさを見るような、そんな詩ではないだろうか。


……夜の底へと私の理性が弛緩する

すでに私は薄羽蜉蝣の翅のような透明度を保ち
薄く張りつめた闇を貫きながら
時の消えた川面すれすれに飛んでゆく

清音のまま
ゆめからうつつへと流れる川の岸辺に辿り着くと
私の魂はそこから舟を漕ぎだす

速い寝台の
白いシーツの上で病んでいる母が
私に窶れた右手で手招きしながら微笑んでいる

母は微妙に唇を動かしながら
何かを囁こうとしているのだが
それがいったい何を伝えようとしているのか分からない

母はいつ眠りにつくのだろう
永久にこのまま起きているのだろうか
それとももうこの世には居ないのだろうか

私はふたたび舟を漕ぎだす
するとなぜか暗い洞窟からだんだん光の射してくる方角へ
私の身体がそよそよと棚引いてゆくのに気づく

(「舟」全行)

 この詩では不思議なことにというべきか、いま自らが生きている生が「暗い洞窟」とされ、母がいるであろう死の世界が「光の射してくる方角」とされている。「薄羽蜉蝣」という生のはかなさを象徴するものを媒介として、語り手の意識は「ゆめからうつつへと流れる川の岸辺に辿り着く」。それは母が死の床にあった頃のことで、語り手はその記憶の中へと入ってゆく。その記憶の中での母の姿を思い浮かべながら、生と死の間の曖昧さへと向かう。かつて詩人はその第一詩集『抒情と銃口』(一九七七年・イザラ書房)の中で母の死をうたったが、ここでは当時の哀切さは薄まり、かつて目にした母の死と同じところへと自らも近づきつつあるという意識へと変っている。長い年月の生を生きてきて、「すでに私は薄羽蜉蝣の翅のような透明度を保」っているのだ。だからこそ自らの詩の原点とも言える母の死へと回帰しながら、それをやがて訪れるだろう自らの人生の終着点と重ね合わせている。それがさらに「暗い洞窟からだんだん光の射してくる方角へ」というふうに、母の胎内から生まれ出ることとも重ね合わされており(舟を漕ぐという象徴的な行為もそれを裏書きする)、本来反対方向であるはずの死と誕生が同義のものと見做されているところが面白い。ここには自らの詩作の原点を顧みながら長い年月の中で詩も人生も静かになってゆくさまが語られており、そのような年月を潜りぬけてきた者でしか書くことのできない境地が表れていて感動的だ。
 こうした長い年月を経た上で静かに深まってゆくという感覚は、この詩集の随所に見られる。たとえばこんな詩行がある。


生涯はこんな場面の連続なのかも知れない
ある時ふと何かに意味もなく出会って
ある時ふと何かが忽然と消えてゆく
言葉ではなく沈黙を遺して
沈黙でしか承認することのできないものを遺して

(「もはや言葉では」最終連)

 この詩では「朝な朝な/海へつづく道を散歩していると/かならず擦れ違う背筋の涼しい白髪の老人がいる」という三行から始まる。語り手はその「老人」について何も知らないのだが、「分かっているのは彼のほうがわたしよりも先に/海を見つめて帰途に就くということだけだ」「彼が見たあとに辿る海/わたしより先に彼は何を/海に望み囁き掛けたのだろう」と書かれているように、おそらく自らの生の行き着く先のひとつのモデルとしてこの「老人」を見ている。その「老人」が「ある日を境に彼と/海へつづく道で出会わなくな」り、「もう二度と彼に会えないのではないのかと」思う。その後につづく最終連が引用部分だが、「ある時ふと何かに意味もなく出会って/ある時ふと何かが忽然と消えてゆく」という諦念にも似たつぶやきは痛切だ。そこに残ってしまう「沈黙」。それを通して生の淋しさだとか虚しさのようなものに身を浸している。いくら多くの言葉を費やしてもそれを語りきることは出来ないからこそ、「沈黙でしか承認することのできない」生の中に立ちつくすしかないの。
 また、「一本の朽ちた欅の下(もと)で」という詩でも「一本の朽ちた欅が/沈黙ということばで/私に/生と死との相関的な尊厳について/語り掛けてくる」。もはやそこには「沈黙」しか残されていないかのようであるが、「近しい人の訃に接し」てしまうような自らも死というものを身近に感じてしまわざるをえない身にとっては「沈黙」こそがたどりつくべき境地であるのかもしれない。
 だが、こうして沈黙または静寂を手に入れた詩人は、そのいっぽうでまだ惑いを見せてもいる。たとえば「ぼくが真剣に思ったこと」「初めての質問」「朝の光」などの詩にそれが表れているが、それらの惑いまたは生への疑いのようなものも、大きくうねる海の中のささやかな波のひとつであるのかもしれない。結局それも次第にあるひとつの場所へと落ち着いてゆく。「世界を 目とロと耳と肌で小さく甘受して」(「「初めての質問」より」いるしかないのだ。
 そして最後に残されたのは、いまここにあるということの小さな幸福のようなものだ。この詩集の中でもっとも簡素な言葉で綴られやや俳句的とも見える感触を醸し出している「雨」という詩で心に中を滲ませながらも外界を観察する詩人の目で対象を描きながら、詩集は「二人」という詩にたどりつく。


日曜日の公園は
さわやかな風と樹木の緑におおわれ
人々の話し声があたたかな透明感を醸し出している

歩いていると
知らない間に染井吉野から八重に花はうつろい
藤棚の藤もこれでもかといわんばかりに
たわわに垂れている

うっすらと額に汗

少し先には買ったばかりのデジカメで
香る花々を無心に撮る妻
……どこにピントを合わせているのやら

さっと解き放たれた小犬がその足下にまといつく

思わず私の笑みがこぼれおちて

長かったのか短かったのか二人の道のり
人生のピントは果たして合っていたのか

かりに合っていたとしようか
二人の目の前にはこの動かぬ今があるから

(「二人」全行)

 この「今」を感受するという感覚はやはり静かで、それゆえに人生からの大切な贈り物のように見える。「かりに合っていたとしようか」という一行には痛切さもないし諦念もない。「かりに」と言ってはいるが、その「かりに」こそがたどりついた「今」なのだと詩人は言っているかのようだ。日常の何でもない光景。そこに長い年月を経て来た上でこそ受け取れるものがある。括弧つきの「現代詩」がどんなに言語のアクロバットをして人を驚かせようとしても、たどりつくことが叶わぬ境地だ。生の長い年月の中で「日々の稜線」を何度も上ったり下ったりしたのだろうという読み手の側の勝手な想像を越えて、こうして静かになってゆく日々の行末にこのような「今」が表れること。そこにはやがて自らもこれに似たものを受け取るのだろうという、あらゆる人の生に共通するものがある。そして読者はそこに懐かしさの入り混じった静かな安堵感を覚えるのだ。



難波保明『日々の稜線』(二〇一三年三月草原社)


(二〇一三年九月)
(「反射熱」第九号所収)



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