死と生を感じて受け止める


――成見歳広『リルケの砂場』書評



 成見歳広の遺稿詩集『リルケの砂場』(二〇一七年)を読んでいると、死と生の間にある現在というものを思ってしまう。「白いからだ」「船橋まで」「暗夜・Rの死」「最も遅い鷲」といった死を扱った詩は、その重さと存在感からやはり目立つものになっているが、それらの詩の間にぽつんとたたずむように置かれている「とうふ」「優曇華(うどんげ)」「声」「夏のページ」といったミニマムな詩の愛らしさが詩集全体のアクセントのようになっている。それは横溢する「死」という観念の合間に咲いた、小さな花のようでもある。別の言い方をするならば、大きすぎる「死」という観念が、小さなつぶやきによって救われている。そんな風情だ。
 この詩集の中でも特に重要と思われる散文体の「暗夜・Rの死」の終盤部分、


Rは自らの足が薄黒い月光を浴びながら、濡
れている事に気づき、踝を曲げる。あたりは
深閑としている。Rは突き抜ける眩暈を感じ
る。それはしかし、言ってみれば快いハンモ
ックのようなものだ。体が冷たくなる。けれ
ど、いくら身体が冷え入ろうとも、こんな清
澄な世界は滅多にない。そして、まったく夜
だ。不思議のような、淡い苦痛だ。

 ここではRという人物の感覚を話者が体感して、改めてそれをなぞってみせたような感じがあるが、そうして展開されるRの感覚は実に痛切で同時にどこか魅惑的でもある。その「不思議のような、淡い苦痛」と表現されるどこか麻痺したような感覚は、はっきりと絶望ではある。それをある種の救いのような言葉で丹念に綴ってゆく。Rという人物の絶望(それはタイトルにある「暗夜」であり「死」であるだろうか)を慰撫するように丁寧に並べられた言葉はある種感動的だ。おそらくここには、詩人自身のそうした暗い観念、それへの感受があって、そのためにどうしてもそれと詩人が一体化してしまわざるをえないような境地に立っている。つまり、詩人はRの暗夜を、その死を、全身で受け止めてしまっている。それを詩人の「優しさ」であるというのは甘いのだろうが、間違いなく詩人はそれを受け止めすぎてしまっている。普通であればそんなにも受け止めなくても良いものを、詩人であるがゆえに否応なく受け止めてしまっている。Rの体験する暗夜も死も、詩人のものであるかのように語ってしまう。だからこそそれは通説であるし、また、慰撫するような言葉になってしまう。詩人は暗夜も死も、Rという他者のものであるのに、自らのものであるかのように感じて受け止めてしまっているのだ。


八向(はっこう)の公園 ひるねをします
いま 建設工事の常駐をしています

ベンチの上からは空が広くて
さくらの樹が枝をひろげています
さくらの葉も 黄葉するのですね
ぱらぱらっと おちてきます

子供が転んで わあわあ泣き始めました
「いたいの、いたいの」と 主張します
人はああして 叫び泣くもの
弱いものなのですね

又 花は咲くのでしょうか
苦諦(くたい)」の上に 時を過ごしています

 痛切な「暗夜・Rの死」の次に置かれた「優曇華(うどんげ)」の全行である。タイトルの「優曇華」とは実在の植物であると同時に、伝説の植物を指すこともあり、最終行に登場する「苦諦」とは仏教用語であって、「一切が苦であるという真理」と説明されている。ということは、この詩全体がそうした仏教的心理に基づいて書かれたものと解釈されるかもしれないが、とりあえずここでは措く。問題はこの詩でも「暗夜・Rの死」と同様に、詩人が目に移るものすべてを甘受し受け止めているということだ。語り手は「建設工事の常駐」の仕事の合間の昼休みか何かであろうか、公園のベンチで横になってひるねをしている様子だ。すると、様々なものが目に耳に飛びこんでくる。「さくらの樹が枝をひろげて」いるのが目に留まり、その葉もまた「黄葉する」のだということに気づき、また、「子供が転んで」「泣き始め」る声が耳に入ってくる。ただそれだけの何気ない日常の風景ではあるのだが、詩人はそうした風景を受け止めることで、「さくらの葉」が「ぱらぱらっと おちて」くるという事実に気づき、「人はああして 叫び泣くもの/弱いもの」なのだという真理に気づく。そうしていまさらのように気づいたことは、「苦諦」という「一切が苦である」ことの上にぷかぷかと浮かんでいるのだ。この何気ない気づきを、風景を甘受して受け止めることから自然に導き出している。それらもすべて「苦諦」の上にあるからには「一切が苦」であるという痛切さの上に立った気づきであるのだが、語り手は気づくだけで何もしない。いや、そうではなく、何もしないでいることこそが一種の救いであるかのような雰囲気すらあるように見える。「優曇華」という仏教的世界観の中では「三千年に一度咲く」と言われる伝説の花、その遠い時の彼方の光景を、日常の風景に訪れた気づきの中で幻視してしまっている。つまりは、気づくことこそが大切なのだと、この詩は言っているかのようだ。このようないっけんすると読み過ごしてしまいそうな軽い見た目を持った詩が「暗夜・Rの死」のような思い詩の後に置かれた意味は、おそらく小さくない。いっぽうが死であり、もういっぽうが生であるのなら、詩人はその両方ともに全身で感受して受け止めている。いや、受け止めてやろうという決意であると言ったら言い過ぎだろうか。ともかく、死も生も、この世に出来するすべての出来事は詩人の前では等しい。どんなに重くても詩人はその荷を背負うだろうし、どんなに軽く見えるものであっても詩人はその奥に別の何かを見出してしまう。すべては等しいから、それらは無理なく並べることが出来るのだ。
 詩人のこうした態度は、この詩集を通じて一貫していてぶれることはない。詩集最後に置かれた「夏野にありて、恋闇。」から引こう。


ぼくは夏野に出てゆく
仕事だから
ぼくらは出かけてゆく
あかい太陽と
あかいあかい太陽と
その間に くらく恋闇
蒸し暑い瘴気と湯気の夢見

(中略)

この夏はふしぎな夏
現われて 出るものはままに
流れ 去るものも拒まない
一寸の炎火(ほむらび)
あたたかなよどんだ恋の血脈にのまれて

しずかなあつい央夏 恋闇
あかい日の出と
あかいあかい日没と
仕事だから くる日もくる日も
橋をわたり 橋をもどっている
おろかな労働の時間の夏

 どこかしずかで、それでいてどこかにぎやかな夏の雰囲気を感じさせる。その「央夏」と表現される時間の中で、生きてゆく主体の鮮やかさが眩しい詩だ。語り手はこの「ふしぎな夏」がここに留まるものではなく過ぎ去る途上にあるということを、充分すぎるほどに理解している。そんな限られた時間の中、掬われも救われもしない、祝われることも呪われることもない、ただ生きてゆくだけのことが綴られている。「仕事だから」と繰り返され、「あかい太陽と/あかいあかい太陽と」「あかい日の出と/あかいあかい日没と」というふうに執拗に念を押すように何度も書かれる状況を、受け止める。そして、その中に「一寸の炎火(ほむらび)」のように立ち上がる「恋闇」。その「血脈にのまれ」る自らをも受け止める。「夏野に出て」いって、それが「仕事だから」と感受していても、それを「おろかな労働の時間の夏」としてある種の諦念のように思ったとしても、「恋闇」の「血脈にのまれ」る「夢見」が、生きている証しのように(たとえ「一寸の」ものであったとしても)、そこにある。「現われて 出るものはままに/流れ 去るものも拒まない」とあるように、それが過ぎ去ったとしても、詩人はその過ぎ去ってゆく状況でさえも全身で受け止めるだろう。ただ、いまという時間の上にある「ふしぎな夏」を、そこに広がる「夏野」を、変らずに受け止めながらここに在ろうとしている。それだけの詩でありながら、それだけのことが実に美しく語られている。
 結局、詩人とは、そのようにして目に映るものを、耳に聴こえるものを、全身で感じて受け止める存在なのだと、この詩集は言っているかのようだ。死と生という大きなものたちでさえも、そうして感じて受け止める。そこに自らが悟る世界の姿があるのだと。詩人自身はこれらの詩を「私詩である」と言っているが、跋で坂井信夫氏が指摘するように、「ほんとうは違う」。ここに書かれたのは確かに詩人自身の体験であるのだろうが、その体験を通して詩人が表現したいもの、表現せざるをえないものが、この詩集には横溢している。それが目の前のものをせいいっぱい感じて受け止めるという「詩人の生き方」として昇華しているのであるならば、成見歳広は(一人の人間としてではなく)一人の詩人として、それにふさわしい幸福を手にして旅立ったと言えるのではないだろうか。



成見歳広『リルケの砂場』(二〇一七年)


(二〇一七年二〜三月)



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