「相絶」な日々


(前書)
 この文章は同時にアップした随筆「死の冷たさについての素描」から発展したものです。あそこに書いた「相対性」と「絶対性」の対比から思いついて膨らませたもので、そのため、元の文章の一節をそのまま流用した箇所もあります。発表に当たってどちらかを残しもう一方を捨てるのも考えましたが、あちらが「随筆」のページに、こちらが「評論」のページにあるように、元は同じでもそれぞれ違う方向に軸があり、その意味において両方ともにそれなりの価値があると判断し発表することにしました。ご了承ください。

 人が生きる時、ほとんどすべて相対性の中にいる。生とは、いまここで何をしたら未来はどうなるかという確率論的な問題であって、こうすればいいという絶対的な答などはない。だからこそ人は悩むのだし、逆に言えば、人によって様々な生き方を導くことの出来る、生の多様さへとつながってもいる。生きているのは自分ひとりではなく、他の人々や自然や動物や人工物といった周囲の様々なものとの関係性の中に生はある。つまり、生は常に他のものとの相関関係の中にしかありえない。自分はひとり孤高の道を歩むなどと気取ってみたところで、その孤高という態度も結局は周囲と自分を比べた上での態度にしか過ぎない。生とは常に相対的なものなのだ。
 それに対して、死はおそらく絶対性の中にある。死とは、言ってみれば戻れない一線を越えた状態だ。よく人生において大きな失敗をした人に対して、「生きていれば何度でもやり直せる」と言う。その言葉は生の相対性を無意識のうちにも表した言葉だ。生というのは常に可能性以前の未然の混沌の中に主体が置かれているということであり、本質的にはそこからどうとでも転がりうる状態にある。それに対して死はそのような混沌を持たない。すべてが静かで動かない一点に収束してしまう。逆説的な言い方をするならば、すべてが秩序に還元された状態なのだ。そして、その秩序の中から外に出ることも出来ない。だからこそ、何も動かないし何も出来ない。死という絶対的な領域の中に主体が完全に入りこんでしまって、そこから抜け出すことが出来ない状態なのだ。死の絶対性とは、そのような整然とした秩序の中に永遠に拘束されていることの中にある。生から死へと移行するというのは、相対から絶対へと移行することでもある。そして、いったんその境界線を越えてしまったら、絶対性の拘束の中にとらえられてしまうから、もう相対性の方に引き返すことは出来ない。そして、死の絶対性が持つ秩序の静かさは、そのまま死の冷たさへと直結している。常に周囲との関係性の中で主体が揺れ動きつづける生の相対性とは違って、死は相対すべき対象物を持たない。そうした対象物のおかげで暖められるのが生だとすれば、死は何物とも相対しないから周囲からかき回されることなく自らの内で閉じている。だからこそ、そこには冷たさが宿りうる。それは生の側にいる者にとって、生の論理とは対極にあるもののように感じられてしまう。それも自らが普段生きている相対性の論理とはまるで異質の絶対性を死というものに感じてしまうからであり、言ってみれば生きている人にとって未知の感触である。人が死を恐れるというのは、実はこのようにして、相対性の中にいる人が死の絶対性に違和を覚えるのが原因になっているのではないだろうか。
 生の側から死を想像するように、私たちは相対性の中から絶対性を覗きこむことが出来る。私たちは相対性に守られている限り、絶対性を覗きこんでそれがどんなものであるか想像することが出来る。だが、その逆は不可能だ。絶対性とはその名の通り、自ら以外のあらゆる他のものを拒絶した状態であるから、様々な「他のもの」であふれそれらが互いに影響し合っている相対性のことなど、考えられるはずがない。たとえば太平洋戦争中の日本にとって「天皇陛下や御国のために一億総火の玉となる」ということは、絶対的に信じられていた考えであった。それは「鬼畜米英」だとか「神風」とかいった言葉とともに、当時の日本国内を覆っていた精神の絶対性としてあったものだ。そういうひとつの考えのみに凝り固まっている者に「この戦争は間違っているのではないか」「冷静に考えれば、日本軍よりも米軍の方が強いのではないか」といった相対的な立場からの発言をするのは、絶対性の強固さを揺るがすものとなるために忌避される。絶対性の中にある者はただひとつの声しか聞くことが出来ず、相対的な様々な多くの声を聞くことが出来なくなっているのだ。だからそこには相対的な考えの入りこむ余地はないし、絶対性は自らのただひとつの立場の純度を上げてますます絶対性の檻の中に閉じていくだけだ。そしてそれは、太平洋戦争が二度にわたる原爆投下で無理矢理に終結させられたように、外部によってその檻が力づくでこじ開けられるまでつづくのである。
 このように絶対性が他を拒絶するのに対し、相対性はあらゆるものを許容する。その「あらゆるもの」の中には、絶対性も含まれる。「あらゆるもの」というからには、絶対性ですらも充分許容範囲になりうるのだ。ここに相対性の持つある種の危うさがある。相対性はあまりにも門戸を広げすぎるがために絶対性でさえも受け入れてしまう。そこに、絶対性がつけ入る隙が出て来るのだ。相対性の中から絶対性を覗きこむのもそうした過程で出て来るものだろう。たとえば人が死という観念にとりつかれるのはこんな時だ。生自体が相対性の中にあるのだから、人は普通相対性の中にいるはずである。しかし、ほんの些細なきっかけで相対性は揺れ動き始める。もともとあらゆる雑多なものが飛び交うのが相対性に支配された場所なのだから、そこは常に不安定である。そこにたとえば疲労であるとかふと感じた厭世観だとか病気だとか生活苦とかの実際的な不安定要素が混じると、主体の意識が絶対性へと近づくことになる。相対性が絶対性に対しても門戸を開き始めるのだ。そうして絶対性が相対性の中にしみこんでいき、次第に主体の意識を支配するようになる。人が自ら死を選んだり凶悪犯罪に手を染めたりするのは、例外なく絶対性を受け入れた相対性が時とともにそれに支配されていく過程があるはずなのだ。
 人は感情の基礎的な部分では、どこかで絶対性に憧れを持っているようなところがある。生きているということは相対性の中にいるということだから、慣れ親しんだ相対性とは正反対の位置にあるように見える絶対性を時に求めてしまうのだ。「〜せねばならない」とか「〜でなければならない」といった物言いに惹かれるのは何も若年層だけとは限らない。それは日々相対性の不安定さの中で生きている人にとって、確固とした揺るぎないもののように見えてしまう。本当は揺るぎないものなど生の中に存在しようがないのだが、それが存在しうるかのような錯覚を抱いてしまう。おそらくこのようにして絶対性にとりつかれる者は、自らが結局は相対性の中でしか生きられないということを失念してしまっている。相対性が生を支配する法則であることを忘れて、絶対性の前で盲目になってしまっているのだ。
 相対性が時に絶対性でさえも呼び寄せてしまうということは、相対性の側から見れば、絶対性は必ずしも自らと背反する要素ではないということを意味する。反対に、絶対性の側から見れば、相対性ははっきり自らと対照的な位置にある相容れないものだ。ここに、相対性と絶対性の間の微妙な関係がある。絶対性から見れば相対性は異質なものであるが、相対性から見れば決してそうとばかりも言えない。それは、頑固な人間は人との交流を絶ってしまうが、社交的な人間はそうした頑固な者でさえも自らの仲間として認めうるということに似ている。また、先述したように、そこにはある種の危険が宿りうる。相対性の中に絶対性がしみこむということは、その時点で、相対性の「すべてのものに相対する」という特性が脅かされているということでもある。絶対性が侵入しその勢力を広げていくことによって、相対性がそのまま絶対性へと転化してしまう可能性が生じてしまう。たとえばある人が恋愛という絶対的な感情にとりつかれ、それが原因で身を滅ぼしてしまうように、絶対性には相対性に入りこむことでそれを滅ぼす力が芽生える可能性がある。
 だが、おそらく生の現場における相対性と絶対性の関係は、そういうものをはじめから主眼にしているのではないだろう。生は確かに相対性の法則によって動いているし、社会もまた然りだ。だが、時に生の相対性の中に絶対性が入りこむのは、絶対性の方から入りこむというより、相対性の方で絶対性を招き寄せているような節がある。というのも、相対性の法則だけでは人も社会も充分に機能しないという現実があるからだ。会社などの人が集まる組織において、面倒なことや厄介なことを場の雰囲気で何となく流して済ませるということがよくある。だが、そのようにただ相対性の法則に身を任せているだけだと、場そのものが腐敗してしまいかねない。そこにある強大な力だとか方針の決定だとかの絶対的な力が加わることによって、相対性で支配された場の淀みを消し去り、物事をスムーズに流れさせるという効果が期待できるのだ。一歩間違えれば絶対性に力を与えすぎて奈落の底に転落してしまいかねないのであるが、相対性の場を活性化させその後に生かすという意味で、絶対性の持つ力が利用されているのだ。これはすなわち、絶対性の力が毒にもなれば薬にもなるということを意味している。同時に、個人から社会、そして世界と、相対性の現場の規模が大きくなればなるほど、自らよりも規模の小さい場が絶対性によってつぶされてしまった事実を、その後の教訓として生かしうるということにもなるし、他の同規模の別の場がそれを自らに当てはめて考えるきっかけを与えるということにもなる。ある者が絶対性の力に狂信的にとりつかれて滅んだとしても、他の者がそれを知ることによって他山の石とすることが出来るし、社会がそれを認知するとそれを社会全体の問題に還元して考えるということが可能になってくるのだ。
 おそらく、相対性が自らのうちに絶対性をとりこむ本当の目的はこういうところにある。毒にもなれば薬にもなりうる絶対性をとりこむことで、自らの成長に役立てること、そして、他の相対性の場にとっての教訓となることだ。そういう観点から見れば、相対性に利用されている絶対性は、わがもの顔でふるまっているように見えて、実は仏の掌の上で踊らされているようなものだろう。絶対性は「これしかない」という観念にとりつかれているゆえに動きがないし、自らの観念に忠実すぎるあまりに自らそれに押しつぶされてしまいかねない。その点で、相対性よりも弱い部分を抱えているように思われる。というのも、死という本当の絶対的な領域以外はすべて相対性が支配する生の現場なので、相対性に利用されて絶対性は道化を演じることが多くなってしまうからだ。絶対性の持つ徹底的な他者の拒絶は、利用されては捨て去られるという運命をたどるしかない。「絶対に〜でなければならない」という鉄のような宣言は、相対性の前では錆びついてぼろぼろと崩れてしまう。相対性こそが生の現場の支配者であるのだから、絶対性はそれに従属して自らの力を相対性に利用してもらうしか道はないのだ。
 結局、人は相対性という基本を踏まえつつ、時に絶対性を利用してなんとかやっていくしかない。相対性によりかかりすぎることなく、呼び寄せた絶対性にとりつかれることなく、冷静に対処して生きていくのが最善なのだろう。そうした相対性と絶対性の間に存在する「相絶」な日々こそが、人が生きる現実である。



(二〇〇九年三月)



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