「はくちょう」のしろさについての覚書


 戦後詩というと、詩誌「荒地」に代表されるような戦争の傷跡を生々しく残した精神性を湛えた詩が思い浮かぶ。しかし、それにつづいて主に一九五〇年代に集中的に登場した大岡信の言う「感受性の祝祭の世代」の詩人たちの詩も、充分戦後詩と呼んで良い特徴を備えていると思われる。戦後詩の特徴はおそらく敗戦後という時代性だけにあるのではなく、手法の多様化にある。まるで戦時に様々なしがらみから抑えつけられていたものが、いっきに解放されて吹きだして来たかのようだ。そしてその多様化の流れが戦後詩から現代詩へとスムーズにつながることになる。そのケースの一つとしてこんな詩を見てみよう。


はねが ぬれるよ はくちょう
みつめれば
くだかれそうになりながら
かすかに はねのおとが

ゆめにぬれるよ はくちょう
たれのゆめに みられている?

そして みちてきては したたりおち
そのかげ が はねにさしこむように
さまざま はなしかけてくる ほし

かげは あおいそらに うつると
しろい いろになる?

うまれたときから ひみつをしっている
はくちょう は やがて
ひかり の もようのなかに
におう あさひの そむ なかに
そらへ

すでに かたち が あたえられ
それは
はじらい のために しろい はくちょう
もうすこしで
しきさい に なってしまいそうで

はくちょうよ

(川崎洋「はくちょう」)

 ここにはおそらく戦前の詩だったら甘すぎると言われてしまいそうな抒情がある。だが、その甘さこそが、戦時を潜りぬけた上でしか得られないものであるかのように思える。そこには戦争を体験した前世代の大人たちが疲弊した上で、それを見ながらあえて独自に立ち上がろうとする新しい世代の息吹がある。実はそれこそが「感受性の祝祭の世代」の正体ではないだろうか。
 ここでは「はくちょう」というその名の通りしろいものが、その存在そのものが、美しい筆致で歌われているだけのように見える。だが、「しろ」とは何か。それは「しきさい」でありながらそうではないもののようだ。「もうすこしで/しきさい に なってしまいそうで」とあるように、ここでは「しろ」が色彩の一種であるとは意識されていない。白は「しろ」という色彩とは別の何かなのだ。そこには「しろ」であることで存在を主張するものがある。また「しろ」であることは、「うまれたときから ひみつをしっている」というように特別なものでもある。そしてその特別さは「ぬれる」ことによってますます特別なものとなる。「はねが ぬれるよ」というように自らぬれながら、また「ゆめにぬれるよ」「たれのゆめに みられている?」とあるように外部のものによってぬらされながらである。「ぬれる」ということは、自らの存在の純粋性を保っていることにはならない。自らぬれるにせよ外部からぬらされるにせよ、水だとか「ゆめ」だとかの自分以外のものとの接触が「ぬれる」ということであるはずだ。そうでありながら特別性を保っていられるのは、「しろ」が「しきさい」ではないからだ。それが「しろい いろになる」のは、「しろ」が誰かの「ゆめにぬれ」て、なおかつその「ゆめ」の「かげ」が「あおいそらに うつる」時だけだ。ここでは「しろ」が「あおいそらに うつ」っているのか、それとも「ゆめ」がそうなのか、判然としない。いずれにしても、誰かの「ゆめ」のような何らかのフィルターを通すことでしか「しろ」は「いろ」にはならない。そして「しろ」は「はくちょう」として「すでに かたち が あたえられ」ている。特別な存在性を持ちながら、ありふれた「かたち」を持ってしまっていることの背反。そこに「はくちょう」が「しきさい に なってしまいそうで」ありながらなりきっていない危うさがある。つまり「はくちょう」の白さは非常に脆いものとして表されている。そこにポエジーがあるのは当然だが、同時に青年期の純粋性の脆さであったり、この詩が書かれた戦後という時代の脆さだったりも、あるのかもしれない。また手法としては平仮名だけで書かれたという見えやすい特徴があり、そのためにテーマに合致した脆さも表現されている。
 とにかくこの一篇は非常に美しいものとしてある。誰が読んでも親しみやすい優れた詩だと言えるだろう。ここには戦争の陰など一片たりとも留めていないように見えるが、その中に戦後の荒廃から立ち直る若い者の精神性を見るということも可能だろう。それはうがった見方であるかもしれないが、おそらく半分ぐらいは正しい。しかしながら、多くの時間が経過した二十一世紀の現在から見ると、その純粋な美しさだけが際立つ。まさにあらゆる余分な「しきさい」が剥ぎ取られて「しろ」だけが残ったかのようだ。時代の影響を受けて書かれた作品というものは時の経過によって輝きを失ってしまいがちであるが、この詩のようにいっけん時代に背を向けているように見えながら背景に時代があり、それでいて中心には強固な創造への意志がある作品は古びない。「しきさい」ならざる創造の「しろ」さがここにはある。そしてそんな「しろ」さは、いつの時代も特別なものとして誰かの「ゆめに みられている」のだ。


 この文章は二〇一五年四月四日に行なわれた「湘の会」のために書かれたものである。「湘の会」とはほぼ毎月(途切れる月もあるが)神奈川県茅ヶ崎市の図書館の一室を借りて、短歌、俳句、現代詩と短詩系文学のそれぞれのジャンルから参加した人たちが一つのテーマに沿って話し合う読書会のようなものである。テーマによって詩集を取り上げることもあれば歌集や句集を取り上げることもあり、詩人、歌人、俳人が集まっているのでそれぞれが自分が関わっているわけではない他ジャンルのものを読み解くことにもなるという面白さがある会だ。ちなみに岡部の詩集『生の拾遺』や『反射熱』に連載した連作散文「『幽霊』の詩学」が取り上げられたこともある。
 この時には一冊の詩集とかいうことではなしに、「好きな戦後詩」というやや広がりのあるテーマだった。参加したかったのだが事情があって行けず、代わりにこの文章を「湘の会」宛てに郵送した次第である。


(二〇一五年三月)



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