時が終る、詩が始まる


 ある時から、あるいはある場所から、生きるということの価値が揺らぎ始める。それは上昇に向かう揺らぎであるかもしれないし、下降へ向かう揺らぎであるかもしれない。そのどちらであるにせよ、それまで漠然と過ごしてきた日常に変化が生じ、すべての事物がぼんやりとかすれて遠い物のように見えてしまったり、あるいは逆に突如隠されていた意味を声高に主張し始めるように思えてくる。それはひとつの時の終りであり、同時に新たな位相に変化した時の始まりでもある。
 私自身、思い返してみれば、そうした「揺らぎの時」を経て詩に参入してきたような気がする。何も知らない少年だった頃、外面的には何の変化もないように見えたものの、ある揺らぎが私の中で起こり、その当時つけていた日記に初めて詩のようなものを書き記した。いまとなってみればとても読めたものではないし、思い出すと恥ずかしくもなってくるが、当時の私にとってみれば、ふいに訪れた「揺らぎの時」をわけのわからぬまま何とか手なずけようとするせいいっぱいの試みだったのだろう。おそらくあの時に私の幼年時代は死に絶え、それと入れ替りに少年時代が産声を上げていたのだ。
 それからいくつかの節目を体験してきたように思うが、いまここで書いている私にもっとも大きな影響を与えた「揺らぎの時」は、まぎれもなく二〇〇四年三月に起こった妹の死だった。最近ある小説を読んでいたら語り手の甥が死ぬ場面が出てきて、その後の語り手の心理描写を読むと妹が亡くなった後のことが思い出された。悲しさとか淋しさとかいった感情よりも先に、まるで現実ではないような不思議な感覚が訪れる。それはひとりの身近な者の死という事実によって惹き起こされるものだが、それは同時にそれを体験した者の心が変ってしまうことの表われであり、古い時から新しい時へと移りゆく過程に起こる現象なのだろう。いま、妹が亡くなった時とそれから数ヶ月間のことを思い出す。それは私にとって、もっとも大きな「揺らぎの時」であった。それを境に、私の詩はまったくといっていいほど変ってしまった。いや、それ以上に、私の生そのものが本質的な変化を遂げてしまったのだ。あれほど大きな揺らぎを潜りぬけてしまったからには、もうそれ以前の自分には戻れない。ただその揺らぎを受け止めて、その結果として変ってしまった自らの生を歩いていくしかないのだ。
 ここでいう「揺らぎの時」とは、何も死などの重苦しい出来事に限らない。思春期の淡い片恋でもいいし、結婚や就職などのめでたいことでもいい。誰かから精神的影響を受けるとか教えられるとか、あるいは引越や旅行やいじめや病気やその他もろもろ。時が常に変化の連続であるとするならば、普段は些細な変化に気づかなくてもふとしたきっかけで目の前の変化に気づき、それによって自らが変化するということもありうる。その時に、あるいは後になってから、あれが変化のきっかけであったと自覚されるようなものであったなら、それもまたひとつの「揺らぎの時」であったのだ。
 人ひとりが持つ心の領土はそれほど広くない。どんな人間にも限界というものがある。その限界を越えるきっかけとして、「揺らぎの時」はやってくる。それは頼んだわけでもないのにある日突然やってくるものだが、それによって限界の範囲はほんの少し広げられる。その体験が「揺らぎの時」と称されるほど時に苦痛や非現実感をともなうものであるのは、そこで古い自我がいったん死んでいるからだ。それが展開する時の一種の心象として、苦痛や非現実感などが現われる。そこで古い時と新しい時の交代が起こる。こうしてひとつの通過儀礼のようなものを潜りぬけた後、ある種の人々はそれまでとは違う何かを探そうとする。それは詩であったり他の芸術であったりするかもしれないし、あるいはまったく別の登山をするとか放浪の旅に出るとかいったことであるかもしれない。ともかく「揺らぎの時」の後の人は新しい自分にとまどっていることが多いので、それを確かめたり手なずけたりすることで気持ちを静めようとする。また、それまでとは違う新しい自分に変化を遂げてしまったからには、それ以前とそれ以後とではやることへの態度や質といったものにも変化が起こらざるをえない。そうして人は「揺らぎの時」を迎えるたびに、自分を失くしてはまた作り直していくのだ。
 あなたはどこでもない「いまここ」にいて、生きている。日常はどこかぼんやりとしていて、何となく何かをわかったような顔をしている。そんな連続する退屈な日々の中のある時、ある場所において、あなたをひとつの揺らぎが襲う。それまで味わったことのない妙なもの。心の中に広がる、得体の知れない新しい感情。あるいは感傷。自らの周囲のすべての物や人が、それまでとは明らかに違うただならぬ雰囲気を発しているように感じて、あなたはとまどう。とまどいながら、あなたはそれらの新しいものたちの中に成すすべもなく飲みこまれていく。世界はあなたを中心にして、どうしようもなく揺れている。それでもその揺らぎの謎をつきとめようとして、あなたはおぼつかない足取りで歩き出す。あなたの時は終ったのだ。そして、その終った場所から、あなたの詩がゆっくりと始まる。



(二〇〇八年一月)


 

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