世界は…


年明けのある日、最寄り駅の改札につづく階段の踊り
場付近に、小鳥の死骸が横たえられてあるのを見つけ
た。誰かがそこに置いたのか、あるいは、小鳥自身が
力尽きてそこに斃れたのか、まるで前の年の残り物の
ように、それはそこにあった。通り過ぎる人々は、誰
もそれに気づいていなかった。誰も気に留めてはいな
かった。もう風に乗ることのない閉じられた翼。それ
は新たな年の喧騒に似つかわしくなく、静かな腐敗を
受け入れつつあった、いのちは、生きている時には曖
昧で、輪郭がぼやけているが、そのために多くの過ち
を導いてしまうのだが、死を迎えた途端に、形をあら
わにする。鳥のいのちも、消えたと同時にそれが宿っ
ていた体の形を明確にする。鳥の死骸の、嘴の硬さ。
それは明らかな、ただの形として、そこに存在した。

次の日にふたたびその階段を通ると、すでに鳥の体は
消え失せていた。誰かが持ち去ったのか、新しい年に
ふさわしくない古いものとして、それは世界から除か
れていた。風はもう鳥を乗せる必要はなく、緩やかに
吹いていた。ふと人だってただの形なのだと思って、
自らの体がこんなふうに出来上がっていることの不思
議を思った。そして、掌に走るいくつもの線を眺め、
これまでに見送ってきた幾人かの死を思った。あの鳥
のように、新たな年につまずいて、古いものとして消
えていった人たち。思い出していると、彼等がいた世
界がまざまざと浮かんでくる。だが、それはこの世界
ではない。この世界とは似て非なる、古い記憶のなか
の世界だ。その世界はすでに風がさらっていってしま
い、後には見知らぬ世界がそしらぬ顔で坐っていた。

風は忘れるために吹き、人々は忘れるために歩いてい
た。だが、そのために、世界を赦せない気持ちになる
ことがある。自らのためではなく、いなくなった誰か
のために。日々ごとに世界は更新され、いくら彼等を
追想したところで、世界は平然としている。それが赦
せない。いまや別の、新しい鳥が群れとなって飛び、
いのちの形を曖昧にしている。風は忘れることを強要
し、人々はその見えない流れを追う。新しい時に、葬
われることなく捨てられたものたちをなかったことに
して、風は新たな鳥を乗せて、次第に生暖かくなって
ゆく。きっとここから春が始まってゆくのだなと、思
った。世界はそのようにして、ふたたび燃えるため、
新たに忘れられるための準備を始めようとしていた。


(二〇一七年二月執筆)


戻る   表紙