世界は赦されうるかについての推論

――十年前にいなくなった一人の詩人を思い出しながら

私たちが空のあおさについて目を細めている間に、世
界からまたしても人がいなくなる。気づけばごっそり
と減っていて、見送る暇もなくいなくなっていて、彼
等がいったい世界に対して何をしたのだと思ってしま
うほどに、世界は酷薄である。ふと紙の上に書き記し
た一行が次の一行を呼び、それがまたさらなる一行を
呼び覚まして、運命がゆっくりとこじ開けられていっ
て、その先にいったい何がある? 星の名前が告げら
れると、ただそれを凝視するだけになってしまって、
切り詰められた予定と、滝のように落ちていく時間が
いっせいに喚き出して、世界はまたしても人々を名指
しで非難し、呪い始めるのだ。

              だが、それでも忘れて
はならない。いなくなった人たちを忘れてしまうこと
は、自らへの冒涜になる。つまりは、自らが消し去っ
た人々を都合よく忘れて、初めからいなかったかのよ
うに扱う世界は、その時点で欺瞞であり、罪悪だ。だ
が、それでも私たちがこの世界の手に包まれて生きて
いかねばならぬ以上、すべては世界の思うままだ。お
まえは世界の手の上を歩く。あえて逆らうことなく、
世界の手に刻まれた掌紋のような頼りない道を進む。
空と地のあわいはだんだんと混じり合って、どこまで
が空でどこからが地か、わからなくなってくる。いな
くなった人々を思って、足下を見つめることも覚束な
いまま。

    最初に風が忘れて、次に水が流していった。
そして、火がすべてを焼いて、灰にして、この世界に
ちりぢりにばら撒いて、風はその一部を拾って、見知
らぬ顔で吹いていって、また別の誰かの噂を吹聴する
のだ。そのなかで、私たちはどうしようもなく人であ
り、人であるがゆえに、どうしてもゆるせないものと
ついゆるしてしまうものがあった。あわい空のすきま
に世界がどんな姿をしているのかを見ようとして、幾
多の歌がつまずいては転んだ。ついでに星が、昼間に
もかかわらず割りこんできた。そうなったら、もう世
界に魅入られてしまう。世界によっていなくなってし
まう前に、歌を風に乗せ、後はしっかりと口を噤んで。


 それから、

              世界にさらわれて
              人々の 悲しみのなかに

              さら されて、

(それでも)

              わすれるものと
              わすれないものがあって

              ゆるせるものと
              ゆるせないものがあって

              あ、 お、 の

              空に見下ろされるだけの
              生はつねに 間奏曲

 それから、


もはや世界はただの過程でしかないから、あ、から、
を、までの、輪廻を巡るなかで、あらわれては、いな
くなる、どこまでもつづくように見える空のあおの、
消え入りそうな、溶けてしまいそうな、痛みの、思い
出だから、いなくなったものたちのことを追想して、
後から思うことで、自らも誰かに思い出されているの
だと、忘れるのも忘れないのも、ゆるすもゆるさない
も、同じことだとは思えないか。いつまでも終ること
のない葬いのなかで、世界が嘘をつくのであれば、世
界に向けて嘘をつけ。世界をゆるせぬのなら、世界に
ゆるされているのだと思え。もはやおまえが世界。お
まえこそが世界。ただひとつの、大きな、せ、か、い、


 だが、

(それでも)

(それでも)

                   そうつぶやく
                   その さきに

              ――いまは、ひと昔
              人の悲しみのなかにさえ

              かすれるものと
              かすれないものが あり

              あふれるものと
              あふれないものも あり

                   せめて、あお
                   その まえで

                   思っては
                   立ち止まる
                   そんな自由が
                   あって いい

 だが、

(それでも)

(それでも)

 それから、

                   あ、お、 は
                   暗さに溶けて
                   いなくなって
                   誰もがひとり

                      ここに、
                       のこ、
                        さ、
                        れ、
                        て、
                         、
                         、
                         、


(二〇一六年十月執筆)


戻る   表紙