撃たれる


思えば、あの頃からいつかこうなるのではないかと、漠
然と予期していたのだった。あの頃、俺がまだ若くて、
日常の懊悩や苛立ちや、燃えやすい枯れ枝のような未熟
な考えを持て余していた頃から、いつかこんなふうに世
界は混乱して、空の上までいっぱいに、唾液のように吐
き出しては飲みこまれる思想で満たされて、人々が互い
に争う日々が訪れることを、感じていたのだった。あの
頃、それをいまはもう名前も忘れてしまった友人に語っ
たけれど、馬鹿だな、そんなことに、なるわけがないじ
ゃないか。そう笑われて終ってしまった。だが、いまや
人々は戦いのなかにあって、その淵で足並みを揃えて行
進している。日々新しく塗り直される、そう思われてい
る情報や流行や風の噂のなかで、俺は何ものにも反対も
しなければ、賛成もしない。俺は青くさい平和論者でも
なければ、急進的な怨念で戦う者でもありえない。俺は
俺で、ありつづけたいだけだ。だから、戦いが日常であ
る巷に不用意に出てしまえば、撃たれることもありうる
だろうと思っている。馬鹿だな、そんなことに、なるわ
けがないじゃないか。頭のなかでもう一人の自分がそう
嘯くが、この戦闘のなかでは、すべての最悪に気を配っ
ていなければならない。何しろいまは戦中なのだ。発禁
文書が枯れ枝のように次々に燃やされ、安っぽい思想が
怒号のように響き渡る。すべてのいのちは撃たれるため
にのみ存在し、俺のかつての漠然とした予期もまた撃た
れて、燃やされるだけだろう。何ものにも反対もしなけ
れば賛成もしない、この俺を撃つがいい。俺の安っぽい
矜持も撃たれ、その死骸はただ通過されてゆく。その後
は生臭い風が吹いて、ささやき声が交わされるだけだ。
馬鹿だな、そんなことに、なるわけがないじゃないか。


(二〇一六年七月執筆)


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