暗渠


忘れられるものは
忘れられたままで
そこにあれ


やがて
    忘れられるものが
             忘れられないものたちの場所に
                            降りて、


                    日の光の届かない、潜伏し
                    ている快楽。誰もがそれを
                    持ち、身につけ、華美な服
                    装の下に隠している。それ
                    はわかりきったことで、あ
                    るだろう。地下水ほど深く
                    潜行しているのではなく、
                    ただ、この世の儀礼の一つ
                    として、当たり前に隠し持
                    っているに過ぎない。掘り
                    起こされる遺蹟ほどに遠い
                    過去にあるのでもなく、そ
                    れはただの現在。夢のなか
                    ではなく、現実にあるもの。

                    そんな見えない流れに、地
                    上の隙間から迷いこんで、
                    いちまいの花びらが落ちて
                    くる。地上は春なのか。あ
                    るいは、その花の時はもう
                    過ぎて、花びらはただのゴ
                    ミとして、ここまで舞い降
                    りたのか、どろどろの、大
                    っぴらに出来ない欲望や、
                    叶わぬ願いに拘泥するこの
                    場に似つかわしくなく、は
                    かなく千切れて、消えそう
                    な花びらよ、おまえもここ
                    に加わり、忘れられるのか。

                    抱いてはいけない思いは隠
                    され、季節から外れたもの
                    は忘れられ、そうして淡々
                    と、淀みながら進むこの流
                    れ。人々が表側で忘れて消
                    し去ってしまっても、なお
                    残る記憶。後悔と遠い願望
                    と、あるいは剥き出しの欲
                    求と、望まれぬのに望んで
                    しまった、千鳥足の身の程
                    知らずと、それらの叶えら
                    れないことの悲しみと、ど
                    こにあるかもわからない、
                    この緩い流れの終着点とが。

                    それは罰ではなく、かとい
                    って、赦されているわけで
                    もなく、放置され、蓋をさ
                    れ、暗さに閉じこめられた
                    ままで、存在を忘れられて
                    いて、かつては大きな花の
                    一部として、その耀きを誇
                    っていたいちまいの花びら
                    よ、おまえもそんな忘却の
                    仲間たちに加わるのか。液
                    体になりきれず、個体でも
                    ない、このどろどろの淀み
                    行く流れのなかで、もはや
                    日の目を見ることも叶わず。

                    それでも、忘れられている
                    ことに慣れながら、あの記
                    憶を、この願いを、持ちつ
                    づけてある我々の実存。花
                    びらよ、淋しいだろうが、
                    おまえはここに、いくら忘
                    れられようと、確かにある
                    のだ。それは我々も同じ。
                    この暗い、かつての流れの
                    名残りさえ留めぬ場所で、
                    汚れた感情に身を横たえな
                    がら、それでもなお生きる
                    のだ。日の当たらぬことに
                    ふさわしい、観念を育てて。


             (そして)
           (忘れられたものは)
         (忘れられたものたちの場所で)
             (眠って、)


                    この流れを、川であると認
                    識されない流れを、あえて
                    川と呼べ。それは決して神
                    話のなかにあったような忘
                    却の川ではなく、ただ思い
                    出されることのない、思わ
                    れることのない川。意味の
                    ない拘泥の記憶も、身の丈
                    に合わない願望も、恐怖と
                    ともに迎えられる欲望も、
                    すべては思われず、思い出
                    されず、地上ではすました
                    顔で人々が歩いて、それで
                    も川は、その足下にあって。


それらの思いを
あるいは 愛
という気恥ずかしい言葉で呼ぶことは
控えるべきか
むしろ称えられて
あるべきか

いずれにしても
それらはいまはまだ
孤独
そのなかではただ
自らを汚しつづける
責とともにあるだけだろう

忘れられないものは
忘れられないままで
そこにあれ

花の後では
誰もがそこに降りて
汚れてゆくのだから


(二〇一六年四月執筆)


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