隙間


ふと
この手からこぼれ落ちた 世界
それがあったのを
忘れていたのだが
忘れたままで
日々を過ごしていたのだが

世界を どこかに落として
行方不明のままで
それに気づかないままで
見知らぬ人々と笑い合ったり
何かに嘆き悲しんだり
そんな時間を無為に過ごしたまま

ふと
窓が不気味なかたちに
歪んでいるのに気づく

その隙間から
とめどなく入りこんでくる
小さな虫のような
または 歌のような

それらを埃の積もった床に落としたまま
それらを踏みつけて
知らぬ間に殺してしまって
それからまたしても素通りして
それなのに変らずに
何かに嘆き悲しんだりして

ふと
思い出すのは昔見ていた 世界
それがあったのを
思い出せないままに
思い描いて それは
懐旧などというものではなくて

世界は いまもどこかに落ちたまま
それでも微かに輝いていて
それとも誰かの手に
この滑りやすい手よりも
もっとしっかりした
温かい手に拾われていて

ふと
そんなことを思う
歪んだ出入口のような午後

この手の隙間から
とめどなく落ちつづけるもの
小さな歌のような
または 知恵のような

それらを行く先々で落としつづけて
それらを踏みつけてしまって
あるいは素通りしてしまって
それでも いつもどこか近くにある隙間から
知らぬ間に入りこんでくる 世界
それらに気づくことはなくて

それなのに
隙間風が寒いと言って
歪んだままの窓の隙間を
賢明にふさごうとしていて


(二〇一六年六月執筆)


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