天の氷


ここから先に
沁み通るものを解放せよ
それは傷に似ていて
心にもまた似ている
私たちと相似を成す
別の私たちが
それぞれの場所で思うままに佇んでいる
巻き戻してみれば
ひとつの大きな石のような
冷たい氷の塊から始まった
それが天の一角に
(中心に ではない)
浮かんでいて まだ
人も 花も その感情さえもなかった
その不透明で巨大な氷が
天の昏さのなかで次第に痩せ細り
融け出した水分を
天の隅々にまで行き渡らせた
それは慈悲のように また
痛みがゆっくりと沁み通るように広がってゆき
そのなかで人や花や
それらに付随する愛しさや狡猾さをも生み出した
そうして多くの私たちやあなたたちといった
どこにでもいるような
取り替えの利かない存在も生まれた
天の氷が融け出すと同時に
その水分の到達によって
私たちもあなたたちも
ひとつの何かを共有するようになった
それは遠い記憶であり また
何かの折りに思い出してしまう
痛みのようでもあった
天は燃えてなどいない
そんな激しい火のようなものではなく
それを鎮める冷たさと
清らかさであった
だからいつも私たちは
それぞれにあなたたちを求めて
それぞれの場所の
天の氷が融け出した果ての姿のような
涙を流すのだ
眼に見えることのない
天の氷と
解放され
沁み通った水分
やがて氷がすべて融け
天のすべてが恩寵のような水のなかに沈む時
私たちははじめて
あなたたちと出会う
そして大きなひとつの私に混じり合って
冷たく凝固された記憶のなかで
何度でも巻き戻されては始まる
夢を見るのだ


(二〇一六年六月執筆)


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