河口にて


もうここから先に
逃げ場はない
川によって運ばれたいくつもの石は
摩耗して丸くなり
さらに削られて
無数の砂に分解された
つらぬかれてきたはずの記憶は
ばらばらになって
もはやどれがどの記憶の断片であるかも
わからなくなってしまった
あとは海にさらわれて
大きな安寧のなかに溶けるだけだ
私たちはそれぞれに記憶を持ち
それに拘泥してきた
だがそれも
すべてを迎える
大きな優しさの前では無力だ
海からの風が吹き
私たちがそれぞれの頑なさのなかに
こめたはずの思い出を
決して忘れないと誓ったはずの
固有の事象のきらめきを
包みこもうと誘っている
それらがやがてさらわれるために
ばらまかれたことを笑うように
海鳥が群れて啼く
川は大きな水にそそぎ
その味に塩辛さを加えた
もうここから先は
記憶はこわれて
水のなかに溶ける
せめてここに広がる
無数の砂を掬え
私たちは確かにそのなかにいて
そのなかの一部として
生きていたのだ


(二〇一六年四月執筆)


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