間奏曲


(これらはすべて)
(ちいさなささやきの)
(そのなかでのみ)
(かたられるもの)

  あるいは、

(まったくかたられることなく)
(とおりすぎられてしまうもの)


ぽっかりと、穴が開いたように、ここにいるいま、すべ
ての記憶と、これから先に体験することで刻みつけられ
るものと、それらの間で、おとずれたいま、すべては静
まり、けれども、決して鎮まっているわけではなく、お
とずれた()、そのなかで遠いものがたりのように瘡蓋の
おくが疼いている、忘れてしまったわけではなく、すぐ
に思いだせるほど近くにあったわけでもなく、おとずれ
たいまのなかで、ふと気づけば、そこにあったもの、そ
れを傷跡と呼んでもかまわない、見られることのない、
箱のなか、深くにしまわれた、ふれることのかなわぬ、

そこにそのまま、置きっぱなしになってしまった、それ
きり、忘れてしまったのではないけれど、意識すること
を放棄された、置かれたままで、過去に、あるいは明日
への行末を思わぬままに、ここにあるいま、すべての記
憶と、これから記憶されるものとの間で、道に迷ういと
まもあたえられずに放られて、おとずれたいま、そのな
かで、夢の醒めぎわのように、すべりこむように思いだ
されて、それはいまも熱を発していて、呼びかけられた
体温は安定していてあり、いまはじめてふれるかのよう
に、ゆっくりと手をさしのべれば、あたたかくあって、

ひとりであることを知りながら、無謀にも、なにひとつ
まとわぬまま、ここにいるいま、しずかなままで広がっ
てゆく夜、そこに小さな穴を開けてみたい、誰もが寝静
まった大きな沈黙の、そのなかでのみ歌われるもの、そ
れを投げこんで、おとずれた魔、その時をこわしてみた
い、いまという時がここにあって、そこでは風はそよと
も吹かず、なにものも動かずにとらえられていて、記憶
でも希望でもない、いまでも時おり痛みが気づかれるも
の、それを中心に、なめらかな重力に落ちていって、ふ
れることのかなわぬ、ひとりといういまが光っていて、


(これらはすべて)
(ちいさなささやきの)
(そのなかでのみ)
(かたられるもの)

  あるいは、

(どこにもいないあなたに)
(よびかけようとするもの)

(私はここにいるから)
(早く見つけてほしいのだ)


(二〇一六年三月執筆)


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